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2011年4月17日 (日)

永田耕衣の生き方

城山三郎の「部長の大晩年」を読んだ。三菱製紙の部長であった永田耕衣が、55歳の定年で退職してから、平成9年に97歳で亡くなるまでの晩年を描いたもので、若い時から打ち込んでいた俳句づくりを中心とした晩年を送り、90歳の時には現代俳句協会大賞を受賞するまでになる。耕衣の次の言葉が胸に響く。

「大したことは、一身の晩年をいかに立体的に充実して生きつらぬくかということだけである。一切のムダを排除し、秀れた人物に接し、秀れた書をよみ、秀れた芸術を教えられ、かつ発見してゆく以外、充実の道はない。」

「人間であるということが職業なんや。人間そのものの深化向上を切願する以外の手立てもありゃせんのや。」「人間は死ぬまで成長変化すること。体中に情熱を燃え上がらせることや。」

仕事を離れても人生に必要なのは、充実感・成長感だ。時間が自由になり好きなことが出来る。やりたいことは一杯ある。先輩たちの話を聞いても、やることが一杯で結構忙しいという。ただ、それで毎日を埋めても、自分が本当に情熱を傾けられ、熱中できる好きなものでなければ充実感は得られないだろう。さらに、それを評価してくれる指導者や仲間が必要だ。でなければ緊張感・達成感や成長感は得られない。

耕衣がいう人との交流・読書・芸術の道、それにスポーツも入るだろう。しかし、仕事人間だった自分には、今これという強いものがないからこそ、こんな文章をグダグダと考えながら書いている。いろんなことに興味はあるし、やりたいことはあるが皆中途半端。何か仕事に代わる軸になるものが欲しい。

健康のために、以前から始めていた太極拳を励みの中心にして、毎日一定時間の散歩をしよう。偶には友人とゴルフもしたい。しかし、知性的・感性的な側面がないと物足りない。やはり表現の世界に関わりたい。あるいはボランティアでもいいから、社会的貢献が出来たらと思う。仕事には、それらの要素がすべてあった。

表現で飯が食える人は本当に羨ましい。が、それが出来るのはほんの一握りの人。自分の仕事でも表現に繋がる道はあったが、管理職になった以上はあきらめざるを得ないし、会社中心では本当の自己表現にならない。自分の作品を得々と説明している個人の作家が本当に羨ましかった。自分の40年の会社人生で残したものは、一体なんだったんだろうかと振り返ると、会社には貢献はしたと自負するものの、その外には広がらないことがやはり寂しい。

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