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2011年6月

2011年6月30日 (木)

利他の起源(1)

小田亮「利他学」を読む。

震災の後、被災者のために多くの人々がボランティアで動き、又自分に出来ることを行った。災害時に限らず人間は普段でも、赤の他人でも困っている人を助けようとする。たとえ行動に移せなくても心の中にはそんな気持がある。人間を人間たらしめているものといってもいい。なぜ、人間にはそのような高度な利他性があるのかを、科学的に考えようというのがこの本の試み。

別に利他行動を行うのに根拠もヘチマも要らないが、科学者としては、人間の心の「しくみ」について一貫した説明を与えてくれるものが欲しいらしい。あらゆる物事の「しくみ」には必ずそれを必要とした「機能」があると考える。それを自然淘汰」と言うメカニズムを中心にすえる進化生物学や進化心理学で解こうというわけだ。

勿論、著者が断っているように、人間の心が全て遺伝的に決定されているものであり進化の産物であるわけではない。環境や意志は本能を裏切ることが出来るからだが、その「しくみ」がどこから来たのかを知ることは、興味がある。

生物は自分の遺伝子を後世に残すことを最大の目的として生きる。にも拘わらず、一見自分の損失になる利他行動を行うのは、最終的に自分の遺伝子を残すにはその方が良いからだ。それはアリやハチの世界でも見られる。そしてまた当面の自分の利益のためにそれを裏切る個体がいることも以前の本で知った。それと同じなのか。でも、人間には心という脳の働きがあるからもう少し複雑である。心の働きを通じて利他行動が行われる。

心は脳の働きであり、脳は遺伝子によってコード化されている以上、心も遺伝子が次世代に残っていくためのものだと考えられる。生物は外的環境と関わりながら、個体を維持し、複製を作るために様々な活動を行っているが、外界と作用するインターフェイスが「つくりつけ」では失敗して消滅する確率も高いので効率が悪すぎる。そこで現実の世界で試してみる前に、生物の内的な世界で候補となるやり方をシュミレーションし見込みのあるやり方を事前に選択をする「しくみ」すなわち心を生み出した。遺伝子は直接、行動を決定するわけではなく、心の構造をデザインすることで自らの存続を左右する行動のあり方に影響を与えている。

血縁度の高い間柄における利他行動は、心を介さなくても遺伝子の働きだと理解できる。では血縁関係にない相手を助けることは、どのような「機能」を果たしているのか。それは「後でのお返し」を期待することである。但し、これは顔見知りの閉鎖的な集団内でしか成立しない。しかし人間は、「お返し」が期待できない相手に対しても利他行動を行う。これは、利他行動を見ている第三者がつくる評判によって、違う人から利他的に振舞ってもらえるという報酬に繋がることを期待している。だから人間は自分が利他的であることをアピールする傾向があるのだという。「情けは人のためならず」で、やはり最終的には自分のためなのだ。勿論、直接的な利己的な行動とは異なるものであり、この互恵的利他行動こそが、人間の大きな特徴であり、人間社会の基盤となっている。(つづく)

2011年6月26日 (日)

スーパー8

前評判の高かった映画「スーパーエイト」を観た。

J.J.エイブラムス監督、スピルバーグがプロデュースの話題作というのだが、期待したほどではなかった。前半は、ハラハラ、ドキドキで面白いし、列車転覆シーンの迫力は凄かった。素晴らしい映像だ。なかなか敵や恐怖の対象が姿を現さず、どうなるのかというミステリーのような期待感の高め方も上手い。

しかし、恐怖の対象が迷える宇宙人であり、本当の敵は宇宙人を捕まえ宇宙船を解体した軍隊だという話になってくると、何やら白けて来る。しかも危機一髪で助かるのは、少年の心が宇宙人の心に触れたからだという。また仲の悪かった主人公の少年と少女の二人の父親が、最後に簡単に理解しあうのも、出来すぎで深みがない。所詮お伽話だといえばそれまでだが、もう少しリアリティのある展開にできたのではないか。

子供向けの娯楽映画・空想物語だと思えば、別にいいのだが、少し期待しすぎたようだ。エンドロールで、子供たちが映画の中で作った映画が流れるのは意外性があって面白かった。

人間の優しさ

日経のシリーズ「社会人」で紹介された「不惑 私が医者になる」を読み感動。

平穏な毎日を送っていた主婦が、40歳のとき、子供のように可愛がっていた2歳間近の姪が重病で倒れ、親族が交代で病院に泊り込む。そして何も出来ない自分を責め、泣いている所に掛けられた夫の言葉。
「何で最初から『何も出来ない』って言うの。」「珠央のために医者になればいい。何かを始めるのに年齢は関係ない」

この言葉に、怒りつつも何時しか猛勉強を始め、そして大学に入る。衰える一方の記憶力を奮い立たせ、48歳で医者の免許を取得。その1年後に姪は息を引き取ったが、「いいお医者さんになってね」の言葉を残した。

その後勤務医となったが、患者とまともに話も出来ない忙しすぎる毎日に疑問を持ち、ホスピスに移って終末期医療を担う。そして死と対峙死、静かに受け入れていき、感謝して終末を迎える患者に「7割は友」として接し、人間の勇気、優しさ、尊厳を学ぶ。「不治の病で死の影が迫っている患者でも、周囲に何かを与えられる」「なくなった人の生き方から力をもらっている。」と言う。

人は人から人生の転機をもらい、生きる勇気をもらう。そして自分も人に何かを与え、勇気を与える人でありたいと思う。そんな生き方に憧れるからこそ感動するのだと思う。

2011年6月25日 (土)

飲み仲間

昨日は、別の仲間との飲み会。どういう仲間かと言うと、今はないビジネス雑誌社主催の異業種交流会で出会って平成元年に発足した会の仲間。

すべて会社が別々の当時40~45歳の12名で、2,3ヶ月に1回会っては、飲みながらおしゃべりをしたり、時に歌ったり、たまに旅行をしたりしている。
会社が違うから何の利害関係もなく、業界も違うから新しい知識がもらえたり、年齢が近いから関心事も似ていて、会社の仲間より気が置けない。

途中で退会した人2名、病気で亡くなった人2名、途中入会1名、転勤で東京を離れた人1名、田舎に帰った人1名で、現在は7名。皆60台だからリタイア組が4名だが、皆アルバイト程度の仕事はしている。段々集まりが悪くなって今はいつも4,5名で、話題も趣味や健康についての話が多くなった。楽しいが、余り刺激的ではなくなった。

昨日は第117回目。22年の間途切れることなく良く続いたと思う。毎回記録を残しており、100回目以降の記録はブログにして残している。何時まで続くか分からないが、永久幹事を買って出た以上、最後の一人になるまで続けたい。健康と気力がどこまで持つかに掛かっている。

2011年6月21日 (火)

隠居仕事

藤沢周平「三屋清左衛門残日録」を読む。

 「『日残りて昏るるに未だ遠し』の意味でな。残る日を数えようというわけではない。」と、残日録の意味を息子の嫁に言い訳している。余生にも、結構時間があって充実させなければ、もったいないと言うことだろう。そしてその記録は、まさにこのブログみたいなものだろうか。

三屋清左衛門(みつやせいざえもん)は、日ごろから新しい藩主は新しい側近を用いるべきだと考えていたので藩主が代わる機会に隠居願いを提出した。その際、新藩主から頼まれた1年間の残務整理と後任指導を終えると、家督を息子に相続し、城勤めを引退して隠居生活に入った。(自分と似ている状況だ)

世の中から一歩退くだけだと、軽く考えていた隠居生活だったが、暮らしと習慣が一変し、世間から隔絶されてしまったような自閉感・空白感に襲われる。「散歩で一日をつぶすわけにも行かない。」、「やることがないと、不思議なほどに気持が萎縮して来る。」、「おのれを、世の無用人と思う」わけだ。

しかし、「空白感は新しい暮らしと習慣で埋めていくしかない。」と悟り、落ち着きを取り戻す。散歩だけでなく、道場に通って少しずつ体を慣らし型の稽古をしたり、塾に通って経書を読み直すというノルマを課す。そしてたまに釣りに行ったり、山に入って鳥を刺したりするという生活のリズムを作り上げる。そしてヒマをもてあますことはなくなった。

更に周りも、人生経験の豊かな隠居を放っては置かない。子供の頃からの親友、元の職場の現役や元同僚、昔の友人・知人、道場の仲間、塾の仲間、行き付けの飲み屋の女将など様々な人々との関わりの中で、いろんな出来事やトラブルに遭遇したり、経験や知識を頼っての相談事が舞い込んだり、あるいは現役がやりたがらない雑事や公にはできない仕事の依頼があったりして、のんりするはずの隠居生活の邪魔をする。それらの出来事や隠居仕事を通じて、彼は現役時代とは違った体験をし、違った感性を持ち始める。「隠居のわしが表に出るのはまずい。」とあくまでも現役を立て裏方に徹しつつも人のために動きそして喜びを感じる。

現役時代は、仕事を通じてのしがらみや上司の考え方や組織に縛られる。しかしそこから解き放たれれば、遠慮することなく本当の自分の意見が言える。それこそが真に自由な人生と言える。会社人間には味わえなかった世界。余生でもやはり人間は、人のために、ひいては自分のために一生懸命生きるべきだと藤沢周平は言いたいのではないか。

”衰えて死がおとずれるそのときは、おのれをそれまで生かしめたすべてのものに感謝をささげて生をおわればよい。しかしいよいよ死ぬるそのときまでは、人間はあたえられた命をいとおしみ、力を尽くして生き抜かねばならぬ、そのことを平八に教えてもらったと清左衛門は思っていた。”

2011年6月20日 (月)

母親入院

今月始めから母親が腰椎圧迫骨折で入院したため日帰りで田舎に見舞いに行って来た。

母は以前から腰痛に悩まされていたが、急に安静状態が必要なほどに悪化した。
骨折と言っても老化や骨粗鬆症によって、脊柱の椎体が潰れた状態になることを言うらしい。コルセットをして、ベッドの上でじっと骨が癒合するのを待つしかないとのこと。とりあえず1ヶ月と言われたがもっと掛かりそうだ。いつも痛い痛いと言っていたが、更に酷く痛むらしくやつれていた。にも拘らず気だけは確かで、相変わらず細かいことに文句ばっかり言っている。

面倒を見ている父親も足が悪いのに、夫婦だとは言え少々気の毒だった。でも父は「ボケている暇がない」と言うくらい、介護や身の回りのことを自分でこなして頑張っているから、とても91歳には見えない。1年前に足を悪くしたので、散歩は出来なくなったが、自分で車を運転し、病院にも買い物にも行っている。たまに囲碁教室に行ったり、その仲間と酒を飲んだりカラオケに行くことが楽しみらしい。健康で楽しみがなければ、長生きしても意味がないとつくづく感じる。その点では母より救いがある。
自分も子供に迷惑を掛けないよう、健康にだけは本当に気をつけなければと思う。

東京にいる妹が、毎週土日に通って両親の面倒を見てくれていた。いつもは腰の重い女房が、今回は自ら泊まって父を手伝うと言ってくれたので、妹と二人で東京に帰ってきたのだが、彼女も母親の我がままには手を焼いている感じだった。でも、「顔を見せて、励ますくらいしか出来ないから。」と言って毎週通ってくれている。本当に頭が上がらない。こうした状態が、そんなに長く続くわけではないとは、分かっているのだが、心からの親孝行が出来ない憂鬱で複雑な気分の毎日が続く。

2011年6月18日 (土)

後輩への助言

役職を離れると、元同僚や元部下、若い社員たちとの間に距離が出来てしまい、余り話が聞けないが、自分を慕ってくれていた何人かとは、気の置けない酒の席などで本音の話が聞ける。

それによると、4月からの組織変更で会社内がギクシャクしていて、上手く回っていないと言う。原因の一つは、組織の大幅な改革があるが、その他に、自分の後任となった役員が、リーダーとして向いていない。そしてそれを見抜けない社長も問題だ。これでは社員が付いて行けない。この大変な時期に、会社が一丸となって動けないようでは危険だ。前の社長も含め、あなたがやっていた前の体制の方が良かったと。

お世辞半分としても、上手く行っていないことも何となくは分かる。新しい体制というのは、最初は上手く行かないものだが、リーダーの性格や考え方の違いからか、仕事のやり方が変わったようだ。原理原則に立って、何かにつけ厳しいチェックが入る割りに、個別問題の対応についての指示が出ない。突き放された感じがして、途方に暮れてしまう。だから、出来るだけ近づかないようにしているのだと言う。

「私にゃあ、もう関係ないんだけど、」と言いつつも気になる。
会社が上手く行かないのは困るけれど、今の段階では自分としてはどうしようもないと、言わざるを得ない。本人も一生懸命やっているわけだし、もう少し様子をみたい。

自分の時だって、「会社が悪い」と正面から批判してくる人は何人もいた。いつも「会社って俺のこと?」と冗談めかしつつ、「どこをどう直せばいいのか具体的に言ってくれ。」と、返していた。だから、アドバイスはこうなる。
「陰でこそこそ言ってないで、正面からぶつかって提案をしたらどうなの。但し、余り自分の案に固執すると切られちゃうから気をつけて!」

こうした助言も隠居の役割のようだ。

2011年6月12日 (日)

仲間との旅行

会社を二日ほど休んで仲間と福岡へ旅行してきた。仲間とはゴルフの好きな会社の元同僚達7人。梅雨時にいつもは北海道にゴルフをしに行っていたのだが、今年からは別のところと言うことで、地元に帰った元メンバーのいる福岡へ。雨に降られるのは覚悟の上で決定。初日は昼ごろ到着し、大宰府観光。二日目は小雨ながら何とかゴルフ。3日目は大雨予想だったのでゴルフをキャンセルし、急遽柳川観光に。実際は小雨から曇りだったので、十分舟下りと鰻せいろを楽しむことが出来た。

ゴルフの好きな仲間たちに混じって、決してゴルフが好きでも上手くもない自分が参加できるのは仲間の了解があってのこと(鴨としてかも知れないが)ゆえ、とても感謝している。団塊世代の元同僚と言うこともあって、気心知れているし話も合うし一緒にいて楽しい。年1回の旅行の資金分割徴収のため2ヶ月に1回ほど集まっては飲み会をし、旅行先や近況の情報交換をしている。旅行は会社時代からもう十数年続いている。

自分以外は、年金生活者が多く、働いている人もパートが多い。今は若干肩身が狭いが、来年からは、完全な仲間入りが出来る。これからはこうした仲間が本当に大切だから、この仲間に入っていて本当に良かったと思う。同僚全部が仲間になれるわけではないし、会社時代は定年後のことを考えていた訳ではない。会社時代の仲間が会社を辞めてからも人間関係が続くのは、有難い事だ。

何年ぶりかに会った元メンバーがしみじみ話したのは、やはり郷里を長年離れたことで昔の友人との距離は埋まらず、また新しい人間関係も生まれないので、本当に淋しいし、この仲間が本当に羨ましいと言う事だった。

知的な刺激を与え合うわけではないけれど、楽しく遊べる仲間は大事にしたい。

2011年6月 6日 (月)

人間とは

TBS開局60周年記念特集「人間とは何か…!?」を見た。
人間の体に刻み込まれた地球の38億年の歴史を印すアースコード。

ライオンやゴリラの家族生活に人間の家族がダブって見える。
赤ちゃんの足のしぐさに、森の中で木の枝を掴もうとするサルの影を見る。
受精卵細胞から始まる人間の体には、生命の進化の過程が刻み込まれている。
地球環境の変化の中で様々に対応し、体を変化させてきたのが生命の進化。

人間はアフリカの地殻変動によりできた大地溝帯の森なきサバンナにおりたサル。
2足歩行による脳の発達で、体を変えるのではなく環境を変える知恵をつけた。
言葉を発明し、社会を築き、文明を発達させ環境を変えることで生き延びてきた。
しかしその結果が、現在の地球環境問題を引き起こしている。
そして生物の絶滅危惧種を増やしている。地球上に出現した生物の9割以上が絶滅したが、1975年から2000年の間だけで毎年4万種が絶滅したと言われている。その原因は、新しい土地への入植や人口の増加、開発、乱獲など、ほとんどが人間活動によるものだ。

地球上で共に生きる仲間である生物たちとの共生が今こそ求められている。
と、ココで終わっているが、動物たちが可哀想という感傷的な問題ではない。
なぜ共生が必要なのか。生物多様性をなぜ維持しなければならないのか。

人間は、文明を通じ自分の都合のいいように自然を変えながら、すなわち生の自然を否定しながら、生きてきた。しかし、自然は人間の完全な支配化にはないから、しっぺ返しをする。暴走し始めた文明が人間に都合の悪い自然を作り上げることになった。原発事故はその典型だろう。

人間は、自分を生んだ自然、自分の体が記憶している自然を壊すことで、自然でもある自分を壊し始めている。血縁という自然に基づく強い絆である家族の崩壊は、その象徴かもしれない。

2011年6月 4日 (土)

知的余生

渡部昇一「知的余生の方法」を読む。
健康で楽しいだけの余生では何か物足りない。それが知的生活だと分かった。
とても共感できる内容で、自分のシニアライフを組み立てる上で非常に参考になった。
以下、要約。

年をとったら何事につけ頑張らないほうがいい、と言う人がいる。
しかし、人間は何もしなければ、肉体的にも精神的にも崩れていく。物質的なものは捨てても、精神の向上意欲は捨てない。笑われようがけなされようが、最後まで何かを求め、何かに頑張って生きて行こうと思う。ジタバタしていると思われても構わない。
「どうせ死ぬ」と考えた時点で、その人の人生は終わりだと思うからだ。
ささやかな享楽よりも、もっと充実感のある、知的な刺激に富む余生を迎えたい。

仕事中に学んだことが、その会社や地位を離れた途端に、何の役にも立たないことに気づく。通常の仕事のほかに自分の興味のある分野をある程度、極めていった人が、退職後も活躍している。

自分が一番興味がわくこと(内発的興味)を見つけることが重要である。
少しでも早く自分の内なる知的欲求を見つけることが大切である。
もちろん、仕事上の専門分野について、自分の得意とする部分を深く追求していくのもいいだろうし、全く別のことでも構わない。

芸術も学問も、楽しむ境地に至らないと本物でないのだ。本当に楽しむ境地のヒトの作品や演奏や言葉や行動からは、人の魂を揺り動かす何者かが出ているのではないかと思う。「これを知る者はこれを好む者にしかず、これを好む者はこれを楽しむ者にしかず」(孔子「論語」)

やりたいことを、思う存分やればいい。楽しくて仕方がないことならば、犯罪行為でなければ何でも構わない。楽しければ、知的な興味もどんどん湧いてくる。それこそが「知的余生」なのである。

知的生活を衰えさせないためのフィジカル・ベーシスは、知的なことをやる量がどれくらいかということではなく、毎日毎日規則正しく一定の分量をやれるかやれないかに掛かっている。命とは継続であり、脳にとっても継続は力なりと言うことだ。

脳も人間の体の一部であり、その能力の発達にもストレスが絶対必要である。
若い頃に強いストレスを脳に与えないと優秀な脳に育たない。(岡潔)
老人にも適当なストレスが必要であろう。

年を取ると人間は宗教的なことに関心が深まる。それは生きるとは何かと言う哲学的な課題へと人を導くからだ。宗教的なことに興味を持つと、人は飽きることなくやり続けることが出来る。これが、知的生活を形成していく。

ある意味で、定年後にもやりたいことのある者は朝寝坊したいと思うような人であり、定年後にやることが無くなった人は、早起きして朝の散歩しかやることがない人になりやすい、と言えるのかもしれない。

何と言っても、読書こそが、脳細胞を知的に磨き、精神を生き生きと甦らせてくれる最も単純にして、手っ取り早い方法だと思う。だから、特に定年退職して時間に余裕のある余生を生きる世代は、率先して読書にいそしむべきだろう。

また、知力を高めるには、記憶力を高める努力が重要である。
歌詞を何番でも暗記する努力をすれば、脳を鍛え、記憶力を高め、海馬の脳細胞を増やすことに繋がるのではないかと思う。

人は一人では生きられない。何でも腹を割って話せる友人を持ちたい。そして大切にしたい。年を取ってからの「ダメな友」は、①ベースになる思想・信条が違う人、②経済状態の違う人、③教養の差が大きい人。年を取ると我慢して付き合う事ができなくなる。

常に何らかの得るものがある、夜を徹して知的な会話のできる人が、友としては最適なのではないだろうか。

現役の時もそうだが、リタイアしてからも、いろいろな人たちと交わる機会があるだろう。そういう時、会社時代の部下と接するような態度では通用しない。
いつも余裕を持って朗らかに接した方がいい。そうすれば、自然に人はついてくるであろう。

日常のつまらないようなことでも、一生懸命やっていれば、「道」は人生の高みへと通じる、人間性の高みへと自分を引き上げてくれると考えるのだ。人生の道を極めよ。

夢を見るのに、若さは必要条件ではない。さまざまな人生経験を経て、知的修練を積んだからこそ余生で見られる夢もあるのだ。

2011年6月 1日 (水)

映画「アジャストメント」を観た

TVで宣伝していて面白そうだったので、久し振りに映画を見にいった。
マット・デイモン主演の「アジャストメント」だが、余り面白くなかった。
何故なのか、考えてみる。

勿論、涙が出るほどの感動を、この映画に期待していた訳ではない。期待していたのはタイトルが連想させる「運命を操作する方法」の斬新なアイディア、未体験の刺激的なシーン、ワクワクさせるストーリー展開だ。でも全てが地味でチャチだった。
きっと原作のストーリーが良くないのだろう。

メッセージはシンプルで、「強い意志があれば、運命は変えられる」と言うことだろうが、それほどすごい意志と言えるのか?こんなに簡単に変えられるのは運命と言えるのか?人間の意志では変えられないからこそ運命と言うのではなかったのか。

運命を決めているのは超自然的な力のはずだが、それを何でサラリーマンみたいな連中が監視しているのか。大統領になることを運命付けられた男が、恋をしたくらいで道を誤るのか?一人の男の運命を、何で監視員は大勢の悪の軍団のようなみたいな男たちを使って変えさせまいとしているのか。
空想世界なら、「マトリックス」のようなもっと迫力のある未知の世界を描いて欲しかった。夢の中での夢に入り込むという世界を描いた「インセプション」の方が、まだアイディアは良かった。複雑すぎてよく分からなかったが。

ところで運命を信じるのかと問われれば、自分はNOだ。世の中の出来事は全てあらかじめ決まっており、偶然ではなく必然であり、人間の意志すらもそこで発動されるように決まっていると言うわけだ。でもそう考えることで、活きる力が湧くだろうか?緩い因果関係はあったとしても、偶然にも支配されているのが世の中で、そこに意志の入る余地が在ると考えた方が活きる意味が生まれるのではないのか。

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