« 母親入院 | トップページ | 飲み仲間 »

2011年6月21日 (火)

隠居仕事

藤沢周平「三屋清左衛門残日録」を読む。

 「『日残りて昏るるに未だ遠し』の意味でな。残る日を数えようというわけではない。」と、残日録の意味を息子の嫁に言い訳している。余生にも、結構時間があって充実させなければ、もったいないと言うことだろう。そしてその記録は、まさにこのブログみたいなものだろうか。

三屋清左衛門(みつやせいざえもん)は、日ごろから新しい藩主は新しい側近を用いるべきだと考えていたので藩主が代わる機会に隠居願いを提出した。その際、新藩主から頼まれた1年間の残務整理と後任指導を終えると、家督を息子に相続し、城勤めを引退して隠居生活に入った。(自分と似ている状況だ)

世の中から一歩退くだけだと、軽く考えていた隠居生活だったが、暮らしと習慣が一変し、世間から隔絶されてしまったような自閉感・空白感に襲われる。「散歩で一日をつぶすわけにも行かない。」、「やることがないと、不思議なほどに気持が萎縮して来る。」、「おのれを、世の無用人と思う」わけだ。

しかし、「空白感は新しい暮らしと習慣で埋めていくしかない。」と悟り、落ち着きを取り戻す。散歩だけでなく、道場に通って少しずつ体を慣らし型の稽古をしたり、塾に通って経書を読み直すというノルマを課す。そしてたまに釣りに行ったり、山に入って鳥を刺したりするという生活のリズムを作り上げる。そしてヒマをもてあますことはなくなった。

更に周りも、人生経験の豊かな隠居を放っては置かない。子供の頃からの親友、元の職場の現役や元同僚、昔の友人・知人、道場の仲間、塾の仲間、行き付けの飲み屋の女将など様々な人々との関わりの中で、いろんな出来事やトラブルに遭遇したり、経験や知識を頼っての相談事が舞い込んだり、あるいは現役がやりたがらない雑事や公にはできない仕事の依頼があったりして、のんりするはずの隠居生活の邪魔をする。それらの出来事や隠居仕事を通じて、彼は現役時代とは違った体験をし、違った感性を持ち始める。「隠居のわしが表に出るのはまずい。」とあくまでも現役を立て裏方に徹しつつも人のために動きそして喜びを感じる。

現役時代は、仕事を通じてのしがらみや上司の考え方や組織に縛られる。しかしそこから解き放たれれば、遠慮することなく本当の自分の意見が言える。それこそが真に自由な人生と言える。会社人間には味わえなかった世界。余生でもやはり人間は、人のために、ひいては自分のために一生懸命生きるべきだと藤沢周平は言いたいのではないか。

”衰えて死がおとずれるそのときは、おのれをそれまで生かしめたすべてのものに感謝をささげて生をおわればよい。しかしいよいよ死ぬるそのときまでは、人間はあたえられた命をいとおしみ、力を尽くして生き抜かねばならぬ、そのことを平八に教えてもらったと清左衛門は思っていた。”

« 母親入院 | トップページ | 飲み仲間 »

心と体」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/574388/52007359

この記事へのトラックバック一覧です: 隠居仕事:

« 母親入院 | トップページ | 飲み仲間 »

お薦め本

  • 鈴木亘: 「財政危機と社会保障」
  • 波頭亮: 「成熟日本への進路」
  • 中野剛志: TPP亡国論
  • 増田悦佐: 日本と世界を揺り動かす物凄いこと
  • 古賀茂明: 日本中枢の崩壊

お薦めサイト

フォト
2017年9月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

最近のトラックバック

無料ブログはココログ