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2011年7月

2011年7月29日 (金)

科学者の良心

あるブログで教えていただいたyoutubeを見て衝撃を受けた。7月27日 (水) 衆議院厚生労働委員会に参考人として招致された東京大学アイソトープ総合センター長の児玉龍彦教授が、福島原発事故の処理に関して「国会は怠慢だ」と怒りを顕わにして訴えた。( http://sun.ap.teacup.com/souun/5134.html

福島第一原発で露出した放射能の総量を熱量から計算すると、なんと広島原爆の29.6個分に相当し、しかも放出から1年後の放射線汚染物残存量は、原爆が千分の一になるのに対し、原発は十分の一にしかならないと言う。つまり今回の福島原発の問題はチェルノブイリ事故と同様、原爆数十個分に相当する量と、原爆汚染よりもずっと大量の残存物を放出したと考られると言う。

放射性物質の微粒子は、非線形的に拡散していくから、20キロ、30キロといった避難区域は無意味で、現に遠くは200キロ以上はなれた静岡まで飛んでいる。従って線量計を大量に供給して、あらゆる場所で個別に測定する必要がある。土や水だけでなく樹木も建物も野菜も稲ワラも汚染されている。特に内部被曝は、幼児の健康に対する影響が大きく、しかも20年30年経ってから、ある物質では25%がガンになるという非常に怖いものだ。すでに福島の母親の母乳から2から 13ベクレル、7名から検出されているという報告があったとのことである。

ある程度予想されたことではあるが、科学者の言葉は重い。「安全だ安全だ」とのたまう政府や東電・御用科学者の言葉は一体何なのか。科学者と言えども、人の子。悲しいかな、金をもらっている人や、生活を支えてもらっている組織に対しては、本当のことが言えないということなのか。サラリーマンが、会社に対して言いたいことの半分も言えないのと同じことだと言われれば、それまでだが。何万と言う国民の命に関わるウソや隠蔽は許されることではないだろう。

最後に、児玉氏は四つの緊急提言をしている。
第一に国策として、日本がもってい る最新鋭のイメージングなどを用いた機器で、食品、土壌、水を、徹底的に測定していくこと。
第二に緊急に子どもの被曝を減少させるために、新しい法律を制定すること。今の法律では除染作業が、全て法律違反になってしまう。
第三は、国策として土壌汚染を除染する技術に、民間の力を結集すること。日本の企業は様々な放射線の除染のノウハウを持っている。
第四に、これらの力を結集して、ただちに現地に除染研究センターを作ること。今のままだと何十兆円という国費をかかるのに、これが利権がらみの公共事業になりかねない。

この提案に対し、政府はどこまで実行するのか、注視したい。

「七万人の人が自宅を離れて彷徨っているときに 国会は一体何をやっているのですか。」と言う最後の怒りの言葉は、科学者の良心からほとばしり出たものとして、非常に胸を打った。日本には、まだ全てを投げ打ってでも言うべきことを言う人間がいたことを誇りに思う。

2011年7月24日 (日)

利己主義社会(2)

政府・民主党にしても、自民党にしても、官僚にしても、東電にしても、皆自分たちの組織を守ることに汲々としている。組織の中では個々人は、組織を守るために集団の利益のために、自分個人の主張は抑えているだろう。そこでは皆、利己主義ではなくむしろ利他的に動いているのではないか。

しかし、一つ上のレベルから、国や国民の目線からすると組織同士が自分は悪くないといがみ合い、利己的に動いているように見える。自分たちの枠組から飛び出して、大局的な立場に立って、今最も重要なことは何かという価値基準を明確にして、そのためにどう動くべきかという目標と方法を明らかにすることが出来ない。それを可能にする仕組みが、今の日本にはないし、それを認める文化風土もない。非常時であっても民主的であることが優先されているから、動きが取れない。

組織が利己的に動くことはあっても、利己主義を標榜しているわけではない。そうでなければ、国民や社会は存在を認めないだろう。民間企業にしても、商品やサービスを提供し社会に貢献することなくして利潤追求はできない。皆、国民のため、社会のために尽くしますという利他主義を標榜している。にも拘らず実際は自分の組織の利益を優先して、隠蔽やウソを重ねているから、国民が怒っているのだ。とはいっても、もともと彼らの表向きの言葉を本気で信じているわけでもないが。

利己主義とは、自分が幸せになるように自分の利益を追求し行動するべきだという考え方であり態度である。そこでは他人の幸せや利益は考える必要がない。人間は自分の幸福や利益を追求する権利があると言う考え方は間違っていない。しかし利己主義を道徳的に悪だと見る風潮があるのは、他者の被害を前提にしたり、他者の存在を排除してでも自分の利益を優先して行動することを良しとするのが利己主義だと見られているからだ。社会の結束を崩壊させる裏切り者のように見られている。

ただ利己主義者といえども、社会ルールの違反や好き勝手・気まぐれ・衝動的な行動を認めているわけではない。それらは、最終的に自分の利益に反する結果が予想できるからだ。自分にとっての本当の利益が何かを理性的・合理的・客観的に考えていけば、結果として「自分も含めたみんなの利益を求めて行動する」という功利主義(公益主義)に行き着くことも認めている。 むしろ彼らが利他主義を標榜する人たちを批判するのは、偽善と不正の温床になるからだと言う。

利他主義は、自分の幸福や利益を犠牲にしてでも他人の幸福や利益を図ることをまず第一とすべきだとする考え方である。しかし利己主義者は、利他主義者が他人の利益のためになされる行為は全て善であり、自分の利益のためにする行為は全て悪であると主張するため、大多数の普通の人たちに無理難題の道徳観を押し付け、結果的に道徳不在の状況を作り出すという。また同時に、受益者が自分以外であれば全て善であるとするため、他人の犠牲を悪用し自分の利益を追求する人間に騙され易く、他人の不合理な欲望を満足させたり不正を生みだす元になったりすると主張する。確かに自己犠牲はなかなか出来ることではないので、軽々しく利他主義を標榜する人や組織には注意が必要かもしれない。

本当に利他的な人は、普通自ら利他主義を標榜しないし、偽善や不正を良しとしている訳でもない。最終的には自分の満足が報酬であると認めているので、お互いに極端な部分を批判しあっているだけだ。極端な利己主義も、極端な利他主義も生き方として他人に押し付けるのは良くないし、人間は決して両極端に分かれて生きては行けない。利他性の起源は、ヒトが集団でしか生きられないことに由来するから、人間には利他性も利己性も備わっていて、その時々の状況でどちらかに重きが置かれるのであって、二者択一ではない。

むしろ二者択一を迫るような状況は、社会の価値観や規範が大きく揺らいで崩壊の危機にあることを示す。沢山の集団や組織が個として、社会と言う全体を構成しているが、社会の中の集団相互の利己主義的な関係や集団内部の利己主義的な個人が目立つのは、社会も集団も危機的である。これを、利他的になろうと個人に呼びかけても変えることは出来ない。制度と言う人間関係を規制している人間が作った仕組みを変えることで乗り切っていくしかない。

日本の制度疲労は目に余るものがある。特に、非常時にはどう対応する、非常時にどう備えるという観点からの仕組みづくりが本当に弱かった。早急な対策が望まれるが、一体誰に託したら良いのだろうか。

2011年7月18日 (月)

利己主義社会

放射能で汚染された福島の牛肉が問題になった。またまた想定外との言葉が聞こえたが、とんでもない話だ。直接人の口に入るものを規制対象として優先したと言うが、汚染されたエサを食べた牛の肉や牛乳が汚染されているのは当たり前。チェルノブイリの教訓に学べと言わなくても、少し考えれば分かることだ。危機意識が足りないと言うか、詰めが甘いと言うか、やることが遅すぎると言うか。本当は分かっていて、ショックを和らげるためにまた小出しにしたと疑いたくなる。

そもそも汚染区域を、小出しに拡大していることが許せない。水素爆発の当日の風向きから、当に分かっていたはずの汚染区域を同心円で20キロと発表したこと自体が、間違っている。汚染区域外であると思えば、野菜でもお茶でも水でもエサでも自由に流通してしまう。市町村や市民が測定器で量ったことにより、汚染の事実が明らかになってしまってので、政府や県が仕方なしに発表しているとしか思えない。当然、対策は後手後手となり被害は拡大するし、ますます信用もなくなる。

原子力政策自体が、ウソに塗り固められている。政治家も電力会社も官僚も御用学者も自分の都合のために平気でウソをつく。国民もマスコミも事実をキチンと見極めようとせず、科学的な判断をせずに感情に流され、その時の気分ですぐに反原発になったり原発推進になったりする。社会全体のことを考えたり、何が優先されるべきかを考えたりせずに、私利私欲に走ったり、自己の正当化ばかりを考えている。

日本の原発が危険なのは老朽化のせいもあるが、それ以前にリスク管理ができていないからだ。そもそも国民の命が優先的に守ろうという意志がどこにもない。日本の技術力で全力投球すれば安全な原発も可能なのかも知れないが、利己主義に染まった今の政官財の人たちに、危険な原発を運営する資格はないし、とても怖くて任せられない。

かつて原子力委員会にいた武田国彦氏が、石油が後40年で枯渇すると言うのはウソ、CO2の増加で温暖化が急速に進んでいると言うのはウソ、自然エネルギーが地球に優しいと言うのはウソと言っていることが気になっている。

2011年7月16日 (土)

仕事への思い

同期会のようなある会に出席。色々と関連するグループ会社の同期に入社したメンバーの集まりだ。もう39年も続いている。メンバーのほとんどは元の会社からリタイアしているが、自営も含め何らかの形で働いている人が多い。役員等で元の会社の現役として働いている人もいる。同期のなかに何人かの社長もいるのだが、6月にこのグループを代表する会社の社長が生まれた。皆、同期から大社長が出たことに興奮状態で、もっぱら、そのお祝いの会のようになった。

その当人とは、それほど親しくはないが、仕事上での付き合いが若干あった。彼から、「お疲れ様でした。」と言葉が掛かった。自分が役員定年になったことを知っていたからだ。しかし素直に喜べない自分がいた。3ヶ月がたって、ヒマな生活に慣れたと思っていたが、活躍の場を失ったことへの悔しい気持がまだ残っていた。

周りにいた仲間たちは、会社を辞めても、経験を生かして仕事は続けていた。やはり、毎日通う所は持ったほうが良いと言う。折角、来年から自由に色々なことをしようと思っていたのに、何やらまた滅入ってしまった。仕事はなくてもいいと言いながらも、やはり仕事をしたいという気持が強く残っているのだ。そんなことで、来年からの様変わりの生活に耐えられるのか、心配になる。

管理職が長く、すっかりゼネラリストになってしまった自分には、経験を生かす場がない。いや、見栄を張っているだけではないのか。仕事を選ばなければいくらでもあるはずだ。もはやプロとしての経験や知識は錆付いているのだからサッパリと諦めるべきなのだ。経験を活かしたいと言いつつ、きっと実は昔の身分にこだわっているのだ。まずは仕事より自由を謳歌してみるべきだと思う。

2011年7月11日 (月)

震災後4ヶ月

震災後4ヶ月も経つと言うのに、被災地の復旧は進んでいない。瓦礫すら35%しか片付いていないという。いまだ多くの人々は避難所生活を強いられている。学校も仮住まいだ。1割程度だった困窮家庭が、9割になったと言う。仕事を失ったのだから、当然だ。それなのに、救いの手は一向に届かない。

放射性物質は相変わらず日本の空に降り注ぎ続けている。技術の粋を尽くしたはずの汚染除去装置も故障続きで冷却装置もやっと動き出した所だ。汚染拡大を止める覆いを架けるまでにはまだまだ時間が必要だ。政府発表の30キロ圏を逃れて飯館村に避難したばっかりに被爆した住民たちに、誰がお詫びしただろう。

にも拘らず、政治は一向に機能していない。復興大臣は、9日で辞任する始末。菅首相は、ころころと方針を変え、政権内も民主党内もばらばら。自民党も政権交代のチャンスとばかり、足を引っ張ることしか考えていない。

めどがついたら辞めるといった菅首相がこだわる再生可能エネルギー特別措置法案なるものも、自然エネルギーを現在の電力10社に買い取らせれば、電気料金を値上げしてツケを国民に回すだけ。経産省を操る電力会社の利権の源を増やすだけ。何も変わっていない。

官僚は電力会社と組んで、脱原発の足を引っ張る。電力が足りないのは本当なのか。東電は、埋蔵電気の送電を拒否していると言う。単に原発を守ろうとしているだけではないのか。それが端的に出たのが、九電のやらせメール事件。

もっとも、日本の企業も政府も、隠蔽ややらせは当たり前。自分のことしか考えない利己主義と責任逃れがはびこっている。今の時代内部告発が当たり前だから、ばれるに決まっているのに、まず隠そうとする。日本は何時からこんなにウソで塗り固めた国になってしまったのか。日本社会の仕組みも、日本人の心も本当に変になってしまった。苦しみの中で立ち上がろうと頑張っている被災地の人たちの方がよほど輝いて見える。

2011年7月10日 (日)

読書論

鷲田小彌太「定年と読書」を読む。
これからの自由な生活に役立つ色々なヒントをもらった。

鷲田は知的生活の中心は読書だと明言している。読書は知的活動の基本だからだ。脳を老化させないためには、脳に常に新しい刺激を与えることが必要だが、本は言葉を通じて常に新しい世界を体験させてくれ、また本を読むことは、集中力や持続力を鍛えるからだ。

そしてもう一つ重要なのは、やはり知的生き方をしている仲間を作ることだ。いい本について語り合える友人や仲間ほど大切なものはない。自前の読書党をつくりなさい、読書日記を公開しなさい、友人と語り合えなければ、本について書いた読書論や書評集を読みなさいとのヒントをもらった。

定年後も、仕事を続けるのが良いと言われるのは、社会との関係、人間関係が続くからだと思う。食うための苦しい仕事とはやはりおさらばしたい。これまで培ってきた経験を生かす仕事であっても、楽しめること、興味があることをしながらの、仕事でなければならない。要するに励むに足る仕事であればいい。だから自分の仕事場を持つフリーの仕事が理想だ。

しかし仕事とは、仲間や社会のために役立つこと、貢献することが重要であって、金銭的報酬を得ることが本来の目的ではない。だから、ボランティアでも仕事と同じ充実感は得られる。そして彼が提案するように読書仲間がいれば、いい本についての情報交換や意見交換による喜びが得られると思うのだ。

本は、やはり読むだけではダメだと思う。彼は、定年後の知的生活のなかに、著書を書く、ということを意識的に位置づけると、関連の本を集めたり、読んだりするのに力が入るという。それは素晴らしいが、別にそこまで専門的にならなくとも、人と意見交換するためには、やはり自分の意見をまとめることが重要だ。単なる印象や感想を越えた突っ込んだ探求心が見られないと、薄っぺらくなってしまう。彼が言うように、「読みながら考え、考えながら書く。しかし、書きながら読み、書きながら考えるのである。」
「人間は言葉で経験を形作る他ない」から、書かなければ、考えはまとまらない。現役時代はなかなか出来なかった、このブログもその考え方に沿っている。

「読書力の中心は、文章力(書き・読む力)であり、さらにいえば言葉の力である。言葉で事柄を説明し、人を動かし、何事かをなさしめる力である。」
だから、仕事に読書は欠かせない。それがたとえ専門書でなくてもだ。人間の幅を感じさせる言葉、人生や社会を知っている言葉が使えるからだ。定年後はどうか。

定年後は、自由時間が増えるから、たくさん本が読める。しかし行き当たりばったりで、沢山本を読めば良いと言うものではない。長続きさせるには工夫が必要だ。
「心を豊かにする読書の第一法則は、心を豊かにする書物を読むことではない。毎日の生活の中に読書をきちんと繰り込むことである。読書のある生活プランを立て、実行すること。」だという。

しかも、具体的に、たとえばその年のテーマを決め1ヶ月に一冊、年間12冊のメインの本を購入した上でその他にメインの関連本とメインの後押しをする本、そして話題本の4冊を揃え、1週間に1冊ずつ読むことまで提案している。
自分は物書きではないから、そこまでテーマを絞り込めるかは自信がないが、人に何かを語れるようになるには、やはりテーマを出来るだけ絞るほうが良さそうだ。

今までの建築の仕事の延長上で何が語れるか、それとも10年以上続けてきた太極拳で何が語れるか、それとも学生時代に戻って哲学をやり直すか、最近気になる日本の政治の在り方を考えるか、興味あることはたくさんあるが、メインはやはり絞った方が良いだろう。難しい選択だ。何故ならば今は余りにも皆中途半端だから。

2011年7月 6日 (水)

利他の起源(2)

人間の利他行動は、血のつながりのない人間にも及ぶ。まずは仲間内で直接お返しする関係=直接互恵性が進化した。しかし互恵的利他行動はチンパンジーでも行う。但し頼まれて初めて動く。頼まれなくても自発的に助けるのが人間の特徴である。他者から受けた親切を別の人に返す逆行的互恵性により親切の連鎖が進化して、更には赤の他人にも親切にする間接的な互恵性に進化していった。そこでは第三者の目が意識され評判を報酬として期待している。

互恵的利他行動への適応を通じて人間は、好き嫌い、義憤、罪悪感、友情や同情、嫉妬、感謝といった他の動物が持っていないような感情を進化させた。

しかし人間の利他性は更にその先へと進化している。「伊達直人」を名乗って匿名の寄付を行った人物は、評判すら気にしていない。そこには恐らく利他行動そのものを快と感じる、報酬と感じるしくみが出来上がっている。それはどのような機能を果たしているだろうか。

その前に、人間の歴史をもう一度振り返っておきたい。
森を追い出されたヒトは、そのまま食べられる食物を手に入れることが困難になったので、抽出食物や狩猟食物を食べるために集団をつくり協力して食料を確保した。集団間の採食競合に勝つために集団は大きくなり、成員の間のコミュニケーションのために知能とそれを支える大きな脳を必要とした。そして非常に便利な究極の信号である言葉を獲得した。そのことにより更に高度な知識や技術を手に入れることが出来た。

人間は集団の中で、観察学習や教育による知識や技術の蓄積すなわち文化によって環境に適応し生き延びてきた。文化は地域集団のメンバーによって共有され、それぞれの集団によって異なる。逆に、文化が異なると言うことは、別の集団に属していると言うことである。文化にはある集団と別の集団の区別を際立たせ、集団の成員にとってはその集団への帰属意識を強くさせる働きがある。

一方で、個体にも社会にも、「お返し」をしない「裏切り者」を発見し排除する「しくみ」が備わってきた。裏切られた怒りは大きいので、よく記憶され、微妙なゴマカシをする裏切り者も見分ける能力が備わっている。だから気前のいい人よりケチの人の方が記憶されるらしい。人間は様々な信号を相手から受け取り、利他者かどうかを見分けている。ただし言葉は利他性の正直な信号としては使えない。だから人間は直接顔を合わせて話をしたがる。たとえば嘘をつけない微笑みのような信号を求めるからだ。

逆に自分が、お返しをしなかった場合、まず罪悪感を感じ、第三者からの利他的評判を下げる罰や損失をこうむるが、集団が大きくなってくるとそれだけでは上手くいかない。集団は、コストを払ってでも裏切り者に罰を与え数を減らそうとする。この方が、報酬によって利他者を増やすよりコストが掛からないから、自然淘汰の原則に適っている。すなわちアメよりムチの方が効果がある。

集団は、集団のメンバーが、目先の利益に目を奪われて、盗みや殺人をしないように自分たちの行動を道徳規範によって縛る。道徳の基準は個人が属する集団によって異なり、道徳性は言語と同様、遺伝子にプログラムされた生得的なものではなく、集団の中で学習されるものである。人間は道徳性という仕組みを身に着けることで、更に大きな社会集団を形成することが出来た。

そして道徳性、すなわち困ったヒトを助けるのが道徳的には正しいからだという意識が人間の利他性を支える大きな要因となり、更に、正しいことをすること、利他行動そのものが快と感じるようになったのだ。そのようなしくみが、集団のメンバーの利他性を高め、集団の結束を高め、拡大発展を支える。

道徳性はさらに制度として確立され効率的に利他性を発揮できるようになった。たとえば契約と言う形で利害関係を明確にして裏切り行為に対して公的な罰を用意しておけば、より円滑に社会的交換を進めることが出来る。制度は、現代社会ではなくてはならないものとなった。個々人には、利他行動を成り立たせるための様々な認知的基盤を持っているが、もはやそれだけではうまく働いていかないほどの規模になってしまったからだ。

しかし、制度は完全ではないし、社会は思いやりと助け合いに満ちてはいない。むしろ制度自体が人間の持つ利他性を阻害する働きをすることさえある。
制度は人間が設計できるが、それを考える人間の心は進化によってもたらされたものであり、常に合理的であるとは限らない。従って制度を上手く機能させようとするならば、互恵性のような人間が進化によって身に着けた性質をうまくひきだすような形に設計されるべきである。

災害時には、同じ災害を経験したため、自分たちは一つの集団であるという意識を高めさせ、集団内の利他性が発揮されることがある。この「災害ユートピア」の中に、多くの示唆が含まれているのではないか。

この本により、大変多くのことを学んだ。また東日本大震災を通じて、我々は本当に多くのことを学ばねばならない、と思った。

2011年7月 2日 (土)

知的会話

久し振りに高校時代の親友に会った。大学卒業後、故郷の役所勤めをしていたが、病気をしたこと、実家が商売をしていたことから、60前にリタイアして自由人となった。関心領域が似ており良く気が合うので、毎年2,3回、彼が東京に出てくる度に会っていた。彼は、暇に任せていろんな分野の本を沢山読んでいるので、教えられることが多い。そしてもっと本を読みたいといつも思う。今日も何冊か推薦してもらった。

いろいろな仲間がいるけれど、知的関心が異なるのでなかなか話せなかったことを、次から次へと途切れることなく、溜まっていたものを吐き出すように一気に話し合った。顔を見なければ、青臭い人生論や社会論を語り合っている学生同士のように聞こえただろう。こちらが話したいことを聞いてくれ、理解してくれる相手がいることは、そして知的好奇心を刺激してくれるような自分の聞きたい話をしてくれる親友がいることは、本当に嬉しいし、彼と会話している時間は実に楽しい。あっと言う間に別れの時間が来てしまった。

彼のような親友が、近くにいたらどんなに良いだろうと思う。世の中広いから話の会う人は必ず沢山いると思うが、どうすれば巡り会えるのか。仕事を通じての知り合いとはそういう会話はできない。一つ考えられるのは、関心ある領域に関する勉強会や大学の公開講座に参加してそこで友人を見つけることだ。そうだそうしよう。そうと決まれば、後はテーマを絞ってそのような集まりの場を探すことだ。また一つ楽しみが増えた。

ネットで当たってみたら、公開講座.comまであって、迷うほどに魅力的なテーマが満載だ。今すぐは動けないので、じっくり研究してみようと思う。

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  • 鈴木亘: 「財政危機と社会保障」
  • 波頭亮: 「成熟日本への進路」
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  • 増田悦佐: 日本と世界を揺り動かす物凄いこと
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