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2012年1月

2012年1月20日 (金)

退職延期

 ちょうど良い機会があったので、3月末に退職したい旨を社長に話した。
たまにある受身の楽なアドバイス業務をしているだけで、高い給料を頂けることは大変ありがたいことだが、自分の性格からして毎日今日は何をしようかと考えるのも辛い。会社の業績が悪い中、役にも立たないのに中途半端な形でいつまでも居るのは居心地が悪いし、現役の皆さんに申し訳ないので辞めたいと伝えた。

 社長からは、何かやるために辞めたいのでなければ、是非あと1年なんとか手伝って欲しいと慰留された。4月からささやかながら行ってきたアドバイス業務の成果を評価してくれ、継続してやって欲しいと言う。時間が余っても今まで苦労したのだからのんびりしてもらえばいいし、それが嫌ならば、最近の研修で成果のあったような業務改善への提案や講義をして欲しいと言う。

 3月末でやり残したことは沢山あったし、会社の足りない部分への責任もある。4月から当初は色々な提案を出していたのだが、決定権は無い上に放置されたので空しくなって辞めてしまった。そこで、それは後任がやるべき仕事だからお節介のようでやり難いと話すと、社長特命業務ということならばどうかと言う。「現役は何かと忙しく手が回らない。社内対応は私が判断し指示するので、私に直接提案して欲しい。客観的・総合的に見ることが出来るのは貴方しかしない」と煽てられ、乗ってしまった。あと1年間、ただし週3日の非常勤で働かせてもらうことにした。

 年金でシニアライフを送りながらも、小遣いぐらいは稼ぎたいので、4月からの働き口をどうしようか考え始めたところだったので、願っても無い条件だ。まだ仕事がメインではあるが、週2日でシニアライフの試行も出来る。会社にしがみつかず引き際はきれいにと考えていたが、あと1年かけて半々の生活を送りながらシニアライフにソフトランディングしようと思う。

2012年1月15日 (日)

教育・研究投資の必要性

2、3日前のテレビで、普通の皮膚細胞から万能細胞を作り出す技術を開発した京大山中伸弥教授のiPS研究の実態が報道されていた。山中教授は日本の研究環境が貧弱なため、実用化の研究ではアメリカに負けそうだというのだ。

 日本政府も重要性を認め、国家プロジェクトとして支援する姿勢は示しているが、予算は91億円とその規模が小さい。一方の米国は寄付等も含め、1900億円だという。アメリカの研究所の様子も報道されていたが、潤沢な予算と研究環境を求め、世界中から研究者が集まっているだけでなく、研究論文用のグラフィックデザイナーさえ雇っている。一方、山中教授の研究所では、200人のうち、京大職員は20人で、教授はその他の研究者の不安定な雇用に頭を痛めているという。もっと真剣な支援が必要なのだが、ここでも財政赤字がネックになっている。

 朝日新聞に、引用度がトップクラスの科学論文の世界シェアを、米日中英仏独の6か国で比べると、日本だけが00年度をピークにシェアを落としているという記事が載っていた。先進各国は国際共著論文を増やす方向を目指しているのに対し、日本だけが国内志向で、海外への留学生も減少しているという。科学でも日本の地盤沈下が進んでいるようだ。
 同じ新聞に、01年に337あった日本の官民のシンクタンクの数が11年には201に減少したという記事もあった。研究成果も、同様に半減しているという。原因は、国の財政が悪化し、また企業収益も低迷しているため、研究に投じる予算が無くなるあるいは減少しているからだ。民間では委託費が競争入札になっていることも苦しい原因だという。

 先進国の中で、日本は教育予算の比率が圧倒的に少なく、特に高等教育への予算が少ない。資源がなく、知識産業や技術で生きるしかない国なのに、こんなことでよいのか。ここにも公共投資すべきものが見つかった。
 日本の国家予算は一体どういうビジョンの元に、どういう配分で組み立てられているのか、要チェックだ。

2012年1月14日 (土)

公共工事は不要か?(2)

日本にはまだまだ公共工事が必要だと藤井聡は言う。豊かな街づくり、橋の補修・更新、港の改修に続いて彼が取り上げるのはダムだ。ダムが、利水や治水の機能を持っていることは、皆知っているが、今問われているのは、「これ以上、新しいダムが必要なのか」ということだ。

 首都圏の水需要は減少すると考えられているものの、地盤沈下を引き起こしているため地下水の利用が制限され始めていること、豪雨が増えているものの年間降雨量は減少していることから、八ッ場ダムの利水が必要になってきているという。
 さらに東京は、2005年のアメリカ南東部を直撃したハリケーン「カトリーナ」による被害を遙かに越える未曾有の大水害に見舞われる危険性をはらんだ非常に脆い都市である。そして八ッ場ダムは首都圏の大洪水の危険性を防ぐのに一定の有効性を持つ最も効率的な対策である。我々は、巨大な代償を払うリスクに晒されていながら、いつまでも目をつぶり、耳をふさいでいてよいのかと問うている。

 次は道路。「日本にもう道路は必要はない」と言われているが、日本の道路は欧米に比べて、「踏切が多くて、狭くてしかも少ししかない道路を、大量のクルマが利用しようとしている」。従って、渋滞はするし、高速道路のネットワーク密度や車線数も英仏独に比べて貧弱である。欧米の人は、「クルマを利用する生活」という点に関して、ずっと豊かな暮らしをしている。渋滞による経済的・精神的損失は計り知れない。
 渋滞のない円滑な高速道路ネットワークがあることで、都市間が一体化し集積経済効果がでると同時に、都市間の競争も生まれ、より広い地域の一体感・経済圏が生まれ、繁栄し、ひいては国全体の力を高める。中国はこの戦略のもとに凄まじい勢いで高速道路を作っている。日本が戦後何十年もかけて建設してきたすべての高速道路に匹敵する8300キロもの高速道路を、2007年の1年で建設している。 国の基礎体力たるインフラを作り続ける中国と、それを蔑ろにする日本との差は見る見る間に広がるだろう。ストックを持たない国は、一時の繁栄を迎えたとしても、一旦経済が傾き始めれば転がり落ちるように没落するしかない。

 最後は、巨大地震対策である。東日本大震災が起こりその歪みは、関東にも影響を与えている。仮に阪神淡路大震災程度のマグニチュード7程度の首都直下型地震は、30年以内に70%の確率で起こると言われてきたが、もっと確率は高くなっているはずだ。それによる被害は、最悪で建物85万棟が全壊・焼失、死者約1万1千人、経済的損失は112兆円にも上るとの試算がある。いつ来てもおかしくない東海・南海・東南海地震も含めると、被害総額は約200兆円にも上るという。
 建物の耐震対策を20兆円かけて適切に行えば、被害額は半分になる。ところが、民主党は「事業仕分け」で、小中学校の耐震化予算を3分の1にしてしまった。これにより2800棟の小中学校の建物の耐震化が遅れることになってしまった。政府は、人の死を余りにも軽く考えているし、巨大地震に立ち向かう政治判断を放棄している。今ならば、それを進める技術力も財政力あるのだが、東京が壊滅状態になってからでは遅い。かつてのポルトガルのように地震で没落しても仕方ないと考えているのだろうか。

 日本は、以上のような多くの公共事業を必要としており、中長期的にみれば、数十兆円から数百兆円の超大規模な「内需」を潜在的に抱えている。そしてこれを実行しないと、没落の一途を辿ることが、良く理解できた。しかし、今の日本は財政赤字のため、財源がないから対応できないのも仕方がないと言われている。
 藤井氏は、日本がデフレの今こそ国債を発行して必要な公共事業を行うべきだと主張する。ここからは、先に勉強した三橋氏の主張と全く同じである。日本は内債だから破綻することはない。日本のデフレの原因は、国民や企業が貯金をして、使わないからだ。国がそれを借りて一気に使えば、解消する。こんな時期に財政再建を考えたり、増税をしたりすること自体が間違っている。そこで「今、公共工事が日本を救う」と、主張する。

 藤井氏の主張は、素晴らしいと思う。しかし、まだ100%納得できないのは、バブル崩壊後の小渕政権による大規模な公共投資630兆円が、本当に不況脱却に役立ったのか、そしてなお日本政府の負債のほとんどがその時のまま残っているのは何故かということである。景気浮揚につながれば、負債は返せるはずが、返せていないのである。この辺をもっと勉強して明らかにしたいと思う。
 

2012年1月 9日 (月)

公共事業は不要か

誰も使わないような無駄な道路があったり、不当な利益を上げていたゼネコンや官僚がいたりしたことから、日本では「公共事業は不要」と言う意見が巷を席巻してするようになってしまった。そして、民主党政権は「コンクリートから人へ」という方針を掲げ、その流れを促進した。

しかし本当に公共事業は不要なのか。明らかにここには行き過ぎがあり、むしろ今は公共事業を行うことが日本を救うのだと、藤井聡は言う。(「公共事業が日本を救う」文春文庫2010年)

勿論、無駄な道路やゼネコンや天下りの不当な利益が許されるわけではないが、だからといって公共事業のすべてが不要と言うわけではない。公共事業不要論は、データを曲解して不要の根拠にしている。たとえば、日本の道路延長水準は1台当たりで見れば低いにも拘わらず、可住面積当たりは世界トップクラスであるので最早道路事業は不要だと言うような主張や、日本の道路建設費は土地代が高いが故に高いのに、不当に高いとかいった荒っぽい主張がフリーパスでマスコミや書籍で紹介され、公共事業悪玉論の風潮が強化された。

また「日本が借金まみれになったのは、公共事業のせいだ。」という主張があるが、その借金は平成バブルから日本が立ち直るのに必要な借金であったのであるし、三橋氏が言うように、むしろ財政収支を気にし過ぎて中途半端に行ったことが、日本経済を未だにデフレから脱却できない状態にしてしまったと言う点を見ようとしない。

社会保障関係費が増大する中、その原資は無駄な公共事業を削減するしかないと言うのが、民主党の事業仕分けだ。しかし1998年に15兆円あった公共事業費は2010年には5.8兆円にまで減少しており、一方社会保障関係費は27.3兆円であり2008年からだけで5.6兆円も増加している。社会保障の中身自体を見直さない限りは公共事業の無駄の削減ですむ話ではない。

藤井氏が提案するインフラの整備事業を見てみる。まずは日本の街は欧州の街に比較して決して豊かではないということ。日本は街づくりの思想がないため、美しくないし郊外に拡散しているため暮らしも便利ではない。満員電車や交通渋滞、買い物や公園に行くにも車で何十分もかけて行かざるを得ない。車社会になったため、都心の商店街がシャッター通りになってしまった。さらに町並みは電柱だらけ、道路はアスファルトで歩道は狭く、歩行者が安心して快適に歩ける街ではない。欧州のような街にするには、ビジョンとそれに向けた公共事業が必要だ。その蓄積の差はかなり大きい。

アメリカでは1970~1980年代にかけて50年以上経った老朽化した橋が次々に落ち大惨事となった。原因は財政難から橋の改修補修の予算を削っていたからである。世論に後押しされ、長年据え置きにされてきたガソリン税を値上げして資金を確保し、なんとか危険な橋の補修や更新をしてきたが、まだ不十分だという。そして、今、高度成長期に作られた日本の橋が50年を経過し始めており、そして同じように予算は削られている。大惨事が起こると分かっていながら、同じ愚を繰り返そうとしているのだ。

日本の経済力が頂点を迎えんとしていた、1980年当時、コンテナ取り扱い個数が世界4位の神戸港を始め、日本には世界有数の貿易港があった。しかしその後の30年間で日本の港は世界的な競争の中で完全に取り残されてしまった。ちなみに、神戸港は2008年に世界44位にまで落ちた。その原因は、グローバリズムの進展により世界中の貿易量が増加し、船が大きくなってきたが、大きな船を受け入れるための水深の深さが足りなくなってきたからである。
この問題に対処するために、中国・韓国・シンガポールは大きく深い港を建造し続けてきたのに対し、日本は港の大型化を怠ってきた。このため、超大型のコンテナを使う船会社は、日本との輸出入のために、釜山などへ一旦コンテナを入れて小さな船に積み替えなければならず、製品が割高になるため、日本が輸出入において不利になることを意味する。これは日本が毎年1兆円の経済的損失を被るに等しいと言う。
 最も、港の大型化が立ち遅れた理由のひとつは、港湾行政がGHQの指導により地方分権化されたために、国家的な見地だけで開発が進められない点にもあるようだ。何でも地方分権すればいいと言うものではない。国益のために中央集権すべきものもあるのだ。

(続く)

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