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2012年6月

2012年6月26日 (火)

発作的なめまいでダウン

 昨日11時半ごろ、会社で突然めまいに襲われ、気持ち悪くなってトイレに駆け込んだ。じっとしていると何とか耐えられるのだが、少し動くと周囲がぐるぐる回って吐きそうになる。30分ほどそのままいたが、横になりたくて、空いている打合せ室に移動した。少し良くなったら、家に帰ろうとテーブルに俯せになっていたが、30分ほどたっても一向に収まらない。

 横になった方が良いかと、並んだ椅子の上に仰向けに寝ると、余計に気持ち悪くなった。その時丁度会社の同僚が気づいて、声を掛けてくれた。様子を見て、慌てて持ってきてくれた洗面器に嘔吐した。病院に行った方が良いと救急車を呼んでくれた。吐いたせいか、少し落ち着き、集まってきた皆に10年ほど前にも一度だけ、同じようなことを経験したと話したり、家に電話をしたりした。救急車に乗り込む際に、動いたためにまた嘔吐を繰り返した。胃液とは、こんなに量があるのだと驚くほど吐いた。

 近くの病院で、医師から眼振検査や手足の感覚テストなどを受けたが、異常はなかった。耳鳴りも頭痛も手足のしびれもなかった。検査室が混んでいて、耳の検査は受けられなかったが、CTと血液検査では異常なしだった。血圧だけが177、96と高かった。胸を高くし首を低くし、首を左右に動かし3分ほどずつ固定した状態で、様子を見た。右側にすると、再び嘔吐したが、左側では落ち着いた。

 吐き気止めの点滴を受け、1時間半ほど安静にしていた。点滴の後、血圧も146、91と少し高めながらも下がり、めまいも吐き気も止まった。大丈夫そうなので帰って様子を見てくださいと言われた。一応めまいの薬を出してもらったが、効くかどうかわからないと言われた。兎に角大したことなくて良かったと思い、病名を聞くのを忘れた。

 歩いて病室を出たが、眠った後のようにぼんやりはしていたものの、吐き気もなかった。付添いで来てくれた同僚も呆気に取られる程の回復ぶりだった。大騒ぎになったのが申し訳ないような気持になった。のどが渇き、お腹がすいていたので、病院の食堂に寄りパンを紅茶で流し込んでから、駆け付けたカミさんとタクシーで帰った。

 途中心配されたぶり返しもなかった。夕食までの間眠り、軽い夕食の後も、すぐに寝て途中目は覚めたものの朝まで眠り続けた。最近、風邪気味だったのと、明け方目が覚めるとそのまま眠れず、睡眠不足が続いたせいもあるのか、よく寝た。二日分寝たような気分だ。今朝、心配しながら目を開けたがめまいはなかった。寝過ぎたせいか、頭がぼんやりしており、再発の心配もあったので今日は、会社を休んで一日ごろごろしていた。何事もなかったので、明日は会社に行けそうだ。

 偶然なことに昨日の朝日新聞の夕刊に、めまいの特集記事が出ていたが、これによるとどうも「良性発作性頭位めまい症」らしいことが分かった。女子サッカーの沢選手のかかった病気だという。数秒、数分で自然に治ることもあると書いてあった。耳鳴りや頭痛や手足のしびれがなければ、メニエール病でも前庭神経症でも脳の病気でもないので一応安心のようだ。

 記事によると、めまいは内耳の耳石器の中にある耳石という炭酸カルシュームの粒が三半規管に剥がれ落ち、神経を刺激して起きるのだという。寝返りや立ち上がる瞬間に頭を特定の位置に動かしたときに起こる。そして今回医師が色々頭を動かして確認したように、剥がれ落ちた耳石を元の位置に戻すと、劇的に改善するのだという。

 ネットで調べると、頭の位置を低くして色々動かすのはエプリー法という治療法のようだ。安静にするより、めまいがする方に動かしてリハビリする方が早く直るとあったが、これはちょっと不安で難しい。しばらく様子を見るしかなさそうだ。

 10年前の時は、めまいが止まるまでに数日かかったような気がするが、血圧が下がらなかったので10日間入院した。どこも異常なしで原因不明ということだった。その頃は「良性発作性頭位めまい症」は見つかっていなかったのだろうか。

 今回も、「良性発作性頭位めまい症」と確定したわけではないし、頭に衝撃があったわけでもないので原因不明であることに変わりはない。ネットによれば、「高齢者や女性のほうが罹患しやすい疾患であり、加齢による退行変性やホルモンの影響なども関与しているらしい」と書かれているので、やはり齢のせいか。

2012年6月17日 (日)

時代の流れへの逆行

 野田首相は、大飯原発の再稼働を正式決定した。また、自民党と妥協して社会福祉政策を取り下げ、増税法案の見通しを立てた。結局、原発に関しては、経済のため、電力会社のため、原子力村のために、福島第一原発の事故はなかったかのように、以前と同じ安全神話を信じることにしたらしい。また増税に関しては、その前提としていた社会福祉制度の一体改革はなかったことにして、増税だけが狙いだったことを露呈した。原発にしても、社会福祉にしても自民党の政策に逆戻りしたわけである。

 ちなみに、自民党は「国土強靭化法案」を国会に提出しているが、日経新聞は「大機小機」で、この法案が時代錯誤であると批判している。日経新聞が、である。(120616) 第一に、相変わらず「国主導」であること。第二に、相変わらず『国土の均衡ある発展』を目指していること。第三に相変わらず公共投資依存型の成長を目指していること。いずれも1987年の第4次全総、98年の第5次全総の頃の政策に戻ろうとするもので、時代の流れに逆行すると批判している。自民党も、時代の流れを全く無視しており、政権を失って以降、何の反省も進歩もしていないように見える。

 「国主導で地域が従う」ではなく、「地域のあり方は地域自ら考える」こと。また 分散投資により全国に同じような地域を作った『国土の均衡ある発展』ではなく、各地の個性的な地域を目指して、クラスターの形成やコンパクトシティを実現するための「積極的に集中を図る」こと。さらに、現在の財政赤字の大元になったあの頃のような永続性に欠ける公共投資依存による経済成長ではなく、別の需要拡大の成長政策をとること。それが現在の地域づくりにおける時代認識だと述べている。

 3.11が日本や日本人に突き付けたのは、今までのやり方、社会、経済や政治のやり方でいいのかという問いである。大量生産・大量消費によって経済成長を促進し、国民の幸せより経済成長を優先させ、慢性的な内需不足になるほどの生産過剰に陥り、国内で消費できない分を海外に安く輸出して、企業は決してもうからないのに外貨ばかりが増え、その結果円高になり物価は下がり、給料もダウンする。こういうやり方に戻るのが本当にいいのか。日本は高度成長時代の成功体験に縛られ、大きな進歩をしていないのではないか。

 最近、日本のテレビメーカーの苦戦が報じられたが、赤字で苦しんでいるのは家電メーカーに留まらない。日本は土地代も工場建設費も高い。人件費も電気料金も高い、法人税も高い。超円高で、輸出競争力もなくなった。政治の無策のせいでこうなっているのだから、もう日本を出ていくしかないと主張する企業が多いが、本当にそうなのか。日本企業も高度成長時代の思考から抜け出せていないのではないか。モノづくりの神話に囚われているのではないか。安くなって売れるのは、日本製のモノが成長期の途上国の需要に合っているからで、日本では売れなくなったから途上国へ出ていくのではないか。

 企業が海外に出ていくと雇用が減って、日本人は困るのだが、日本には需要がないかと言えばそんなことはない。時代の流れを読み、日本の潜在需要を発掘すれば、成功する事業はまだまだたくさんある。政治家に求められていることは、まさに、規制緩和等の企業の新しい活動を活性化させる環境整備や、外交を通じての為替安定政策である。そして、何よりもその前提としての日本社会へのビジョンの提示である。エネルギー問題も含めて。

2012年6月14日 (木)

デフレの真実

 日本では物価が継続して下がるデフレが、10年以上続いており、その原因は需要不足だと言われている。しかしながら需要不足はデフレの犯人ではないのではないかとの見解を、日経新聞が展開していた。(日経新聞2012.5.28)

■需要不足とデフレの関係

 需要が供給を上回っているかどうかは、実際のGDPから民間企業が持つ設備や労働力を平均的に使って生み出せる潜在GDPを差し引いたGDPギャップで計る。需要が実際のGDP、供給が潜在GDPという位置づけとなる。

 2011年10~12月期のGDPギャップは、供給力の-3.4%で年換算約15兆円の需要不足であるという。日本経済は20年に渡り、供給が需要を上回っている状態で、モノが売れないので、物価が下がってきた。企業としては、労働者や設備が過剰となり、リストラや設備投資の抑制や賃金削減をせざるをえない。賃金が下がると、モノを買うことを控えるので、モノが売れないという悪循環を繰り返す。これがデフレだ。

 ところが、米国は日本以上の需要不足であるにもかかわらず、物価は2%程度の上昇が続いている。そこで内閣府が日米の違いを調べた結果、消費者の予想する物価見通し及び賃金そして為替の3つの違いがあることが分かったというのである。

■内閣府調査における日米の違い 

 ①日本の消費者は物価の下落に慣れてしまっており、米国の消費者に比べ常に物価は上がらないと予想している。従って賃金も上がらないと予想するので消費も抑えがちになる。企業も価格を上げられないし、設備投資も二の足を踏む。日本人は悲観的で弱気なのに対し、米国企業は、物価は上がると予想するから、強気で価格を上げる。

 ②賃金については、1995年からの10年間で日本の名目賃金は11%減少したのに対し、米国では72%増加したという。米国では人員整理をするが、残った従業員の賃金は維持するし、利益水準の回復が早いので新規事業への投資が増えて新たな雇用を生む。日本では、雇用を維持する代わりに賃金を減らす。雇用維持のため、不採算事業を温存しがちで、これが利益を押し下げるので、賃金も上がらない。

 ③米国より日本は輸出依存度が高いので、輸出先での価格競争に巻き込まれ賃金が下がる。日本は歴史的な円高で、輸出競争力の低下を恐れて賃金を下げるから、物価も下がる。円高は1年強の遅れで物価の下落につながっている。

 日経の結論は、デフレの原因が、日本特有の構造にあるならば、需要不足を埋めるだけの財政出動は特効薬にならない。先行き不安を払拭する成長戦略を打ち出し、硬直的な労働慣行を見直すこと、過度な円高に歯止めをかける金融政策が必要である、ということでまとめていた。

■日経記事への疑問

 一見もっともな結論のようだが、何か変だ。結論を更に読み込むと、官僚たちが、①財政出動はしても無駄、②経済成長しないとお先真っ暗、③不採算事業を整理し、もっと解雇しやすくすべき、④輸出企業を救うべく日銀はもっと金融緩和すべき、と考えていると読める。経済成長を妨げる日本社会独特の構造的な要因を是正し、もっと米国のような社会にしようと言っているのだ。

 しかし、米国社会や米国経済はそんなに順調と言えるのか?米国は強気な発言をしながらも、必死になってドルを印刷してドル安に誘導し、輸出を支えようとしているのではないのか。通貨供給量を増やせばインフレ気味になり物価も上がる。賃金も上がったように見えるだけではないのか。
  
 もはや強いドルの米国ではないから、一般国民の購買力は落ちているはずである。買い物をする場合に、以前なら高くていいモノを選択していただろうが、今は多少悪くても安いモノを選択するようになっているはずである。強気で高い価格にしたら米国製にしかないモノでない限りは売れないだろう。アジアの安い製品と競合する企業の賃金は実質的には低下しているのではないか。

 ただ一方で、確かに米国では新規事業で成功している企業もたくさんあるし、大手金融業には利益が集中している。そんな一部成功企業の賃金が、平均値を押し上げているのではないとかとも考えられるが、詳細は不明だ。

 解雇を容易にする文化は、ベンチャー企業を育てる文化と一体でなければ社会不安が大きくなる。とは言え日本の社会はすでに、非正規社員を増やすことで不安定な社会となってしまった。新規事業で雇用を増やす方策をしないまま、解雇だけを推進したら、日本の社会は崩壊してしまう。

 そもそも、日本で新規事業が育たないのは、既得権益層を守る規制が多すぎるからだ。しかも官僚たちが、既得権益層と一体化してしまっているから、構造改革などできない。彼らが、構造改革を標榜するのは、政治的なポーズに過ぎない。

 苫米地氏は、日本は貿易立国だから、円高だと日本経済は大変というのは昔の話で、今は内需大国だ。貿易収支が赤字になり、所得収支(技術、特許、投資)で稼ぐ成熟国型になった。日本のGDP570兆円のうち、輸出は67兆円、輸入が60兆円。円高の影響は7兆円にすぎない。日本経済が強いから円高なのであって、円の購買力が上がることは、日本が豊かになることだ、という。

 一般勤労者にとって、海外のいいモノやサービスが安く手に入るので、生活が豊かになると。デフレはむしろメリットである。しかし、モノが売れずに企業の業績が悪化すれば、賃金が下がり、モノを買わなくなるから物価も下がる。消費につながる購買力は、賃金と物価の下がり具合の違いで変わるのだろうが、いずれにしても景気が良くなる話ではない。

やはり、デフレ対策が必要なように思われる。(続く)

2012年6月 3日 (日)

3.11が露わにした社会の問題点

 政府は、電力会社・経済界の意向そのままに原発再稼働に向け突き進んでいる。なぜか4月には慎重姿勢を示していた橋本市長も容認姿勢に転じた。大阪府市エネルギー戦略会議の座長として、関西電力に向き合ってきた植田和弘京大教授は、「目先の利益のために安全を削るこうした構図こそ、あの原発事故の背景にあったのではないでしょうか。」と疑問を呈し、「(政府の前向きな取り組みが)まったく見えないままの再稼働は、失敗に何も学んでいないとしか言いようがありませんね。」と断じ、「今の再稼働の議論は、エネルギーの大量生産、大量消費を前提とした工業社会の土俵で論じられているように見えます。」と述べている。(120602朝日新聞)

 原発事故は、電力不足の問題を発生させたが、問題は電力不足さえ解消すれば良いという話ではない。「廃棄物の最終処分ができない技術は生産の資格がない。必ず無責任になり、被害者を生む。」と植田教授が指摘する原子力技術の未熟度の問題であり、代替自然エネルギーの問題であり、今のように電力を消費するライフスタイルの是非の問題である。そして、何よりも重大なのは、問題の本質に向き合うことなく、経済偏重の現状を維持しようとする政府の姿勢である。

 類似の問題は、被災地の町や建物の復旧・復興にもある。建築家の山本理顕氏は、山を切り開き、高台に住宅地を作って土地を分譲すれば済む話ではないという。被災者の多くは、自分のお金で自己責任で住宅を建てた人たちだから、最早もう一度住宅を建て直す余力はない。現在のような「一住宅一家族」のシステムを続ける限り、国家が住宅に対して責任を持たない限り、悲劇は繰り返されると主張する。(三浦展・藤村龍至編著「3.11後の建築と社会デザイン」平凡社2011)

 日本社会は、近代化の過程でコミュニティによる相互ケアのシステムを解体し、核家族にケアの機能を移した。「一住宅一家族」はその器であると同時に、高度成長後の内需不足を打開するための経済成長策として政治的に作られた住宅供給システムだ。同時にそれを強化するためにプライバシーの観念が植えつけられた。しかし核家族システムは、長寿命化・少子化と相まって介護問題を引き起こしている。したがって被災地で見られたように地域による相互ケアのシステムが、新たな町づくり・住宅づくりの中に生かされなければならない。また経済成長優先のまちづくりは、景観=地域の歴史・共同体の記憶をまちから奪ってしまった、という。町づくり・住宅づくりも大量生産・大量消費の思想から脱却しなければならないのだ。

 「3.11後」の中で、松原隆一郎東大教授は、日本経済では生産性の成長そのものが自己目的化して、逆に成長を押しとどめる結果になった、と述べている。生産過剰のため慢性的内需不足になり、高度成長後は住宅産業、さらに公共投資で内需を無理やり作り、その後は海外への輸出に活路を求めてきた。ところが輸出で儲けた金を円に換えると円高になり、輸出企業の首を絞めるため、その金を海外にアメリカに投資した結果、アメリカがバブルになり、リーマンショックにつながった。日本企業は海外に資産を世界一持っているが、政府は借金漬けで、被災者に融資すらできない。

 日本は地震頻発期に入り、個人の自己責任では回避できないリスクが高まる一方で、政府のサービスや公共事業が縮小され、企業も家族も個人もリスクから守る力をなくしている。また政・官が国民の税金を公正に使うという信頼感がない。

 そうした状況下で、個人は新たな中間的な地域共同体の中で互いにケアしていく、新たなコミュニティの中で高齢者や子供をケアしていくしかないのかもしれない。モノやエネルギーを共有・シェアすることで、エコノミーにもエコロジーにも良い生活が可能になるかもしれない。また人々は共感をシェアできる人間関係を求め始めたのかもしれない。そうした社会デザインが確かに必要だと思う。

 震災、原発報道やボランティア募集等で、ツイッター、フェイスブック、youtubeなどが活躍した。ボランティア的な事業が即座に立ち上がったところに日本の可能性を観る人もいる。数々のNPOやNGOが生まれ、新しい公共の主体が育っているとも感じる。それは心強いことだし、少しづつ身近なところから変えて行くことも必要だろう。しかし、それが政治改革に向かうことを期待するのは無理なのだろうか。

2012年6月 1日 (金)

読書メーター

■3月から、「読書メーター」という読書家たちのSNSに参加している。シニア・ライフは読書が中心になるが、読みっぱなしでは頭も整理できないし、記憶に残らない。記録に残すことが、励みになるだけでなく、感想に対して仲間からコメントやナイスという確認をもらうことも励みになる。また他の人が、同じ本にどんな感想を持ったかを読むのも楽しいし、仲間が読んでいる本から、面白そうな本を見つけることもできる。

■「読書メーター」のサイトで、月初めに、前の月に読んだ本と感想を一覧にしてまとめてくれるサービスがあるので、それをこのブログに貼り付けることにした。

■2012年5月の読書メーター
読んだ本の数:9冊
読んだページ数:2806ページ
読んでた本の数:2冊
積読本の数:2冊
読みたい本の数:2冊

▼読んだ本
■3・11後の建築と社会デザイン (平凡社新書)
3.11は、日本の社会の様々な問題点を露わにし、今後の社会のあり方を色々と考えさせた。この本は、これまで作られてきた都市や住宅が大量消費・個人主義・所有を前提にしており、すべては経済政策によるものであることを教えてくれる。震災復興はなかなか進まないが、従来の経済政策の延長上で復興すべきではないと主張する。政府も官僚も東電も企業も、今までのやり方への反省が全くない中で、コミュニティや生活者やシェアの視点からの提言は貴重だが、NPOやNGOや建築家の少しずつの活動だけでどこまで社会を変えらるのだろうか?
読了日:05月29日 著者:
http://book.akahoshitakuya.com/cmt/19356087

■阪急電車 (幻冬舎文庫)
実にお洒落で楽しい小説だ。一見どこにでもありそうな人間関係や出来事を描いた短いいくつかの物語を、電車に乗せて各駅ごとに、人間関係を少しずつ重ねながら、すれ違ったり、行きずりの関係を持たせたりしながら綴っている。うまくドラマが仕組まれているのだが、実話のように自然なので、すっと取り込まれてしまう。人はそれぞれの物語を抱えて生きているけれど、本人は気づかないことが、傍目からは良く見えることがあるという真実。「人生の機微を味わえる」物語が満載だ。
読了日:05月23日 著者:有川 浩
http://book.akahoshitakuya.com/cmt/19206108

■楊令伝 2 辺烽の章
登場人物が多くなかなか頭に入らないが、ようやく全体の構図が見えてきた。梁山泊と宋、金と遼そして方臘(ほうろう)の5つの勢力争い。楊令がどんな人物かがようやくわかってきた。強いだけでなく人を引き付ける力を持っている。彼は言う「志が、夢が、国という形になってしまったら、また同じことです。権力や富の奪い合いが起きる。」とクールだ。しかし、「闘って、生きる。志のために、夢のために、そして死んでいった人たちのために、生ある限りは、闘う。」と熱い。第三巻では、いよいよ戦いが始まりそうだ。
読了日:05月21日 著者:北方 謙三
http://book.akahoshitakuya.com/cmt/19134775

■騙されたあなたにも責任がある 脱原発の真実
福島原発事故は人災であるが、今なお誰も責任が問われず、原因究明もできないのに、政府は原発を続けようとしている。人間のやることに事故は避けられないが、原発事故は悲惨すぎる。放射線汚染は、東北だけでなく程度の違いはあれ日本、世界に拡散した。汚染されていない食べ物はもはやないのだが、真実は語られない。SPIEEDIのデータは米軍にはすぐ提供されたのに、それを知らされなかった南相馬の人たちは飯館村に逃げ被爆した。利権のために、本当は一番コストの高い原発が偽装され一番安いことになっている。騙される人にも責任がある。
読了日:05月19日 著者:小出 裕章
http://book.akahoshitakuya.com/cmt/19103028

■楊令伝 1 玄旗の章 (集英社文庫)
最後になってやっと楊令が登場した。2巻からは話が進展しそうだ。侯真や花飛麟といった若者がどのように成長していくのかが楽しみ。
読了日:05月11日 著者:北方 謙三
http://book.akahoshitakuya.com/cmt/18872004

■「日本」を捨てよ (PHP新書)
問題山積の現在の日本で、政治家や官僚を批判するものの「どうしたらいいのかわからない」閉塞感と無力感が漂う。日本人は奴隷のように支配者に従順な生き方をしてきたが、個人を縛る社会構造や権威は特定の人間や集団だけに有利なように作られた幻想であり洗脳の結果である。世界でも有数の豊かな国になった今、日本人はもっと自由に目覚め「やりたいことをやれ」と主張する。北朝鮮のことを言う前に、自分たちもかなり洗脳されていることに気付くべきだと思った。具体的な道州制の政策提言も説得力があり賛成できる。
読了日:05月09日 著者:苫米地 英人
http://book.akahoshitakuya.com/cmt/18824594

■泣ける話、笑える話―名文見本帖 (文春新書)
サブタイトルに名文見本帖とある通り、素晴らしい文章を堪能させてもらった。徳岡氏と中野氏が交互に5ページほどの話を40本書いているが、82歳の徳岡氏は、新聞社での記者、海外支社、米国留学、著作、大学教授等の長い豊富な経験を、そして66歳の中野氏は身近な人々、気に入った本、失敗談などを中心に、ご自分も含めた色んな人の色んな出来事を描いている。特に中野氏の”人間一生糞袋”に笑わされ、「ながらえば」の笠智衆の話に泣かされた。そして「人間っていいもんだ」と改めて感じさせてくれた。
読了日:05月06日 著者:徳岡 孝夫,中野 翠
http://book.akahoshitakuya.com/cmt/18754775

■1Q84 BOOK 3
巧みなストーリー展開に引き込まれて面白かったが、最後が肩すかし。不思議な世界での出来事が大きな展開を見せるその前に、二人はそこから逃げ出してハッピーエンド。現実と言われる世界も実はすべて幻想であって、価値観によって世界の見え方は異なる。天吾も青豆もある意味で宗教的な組織とは相容れない自立した価値観で生きているから、その世界から抜け出せたと読める。二人を結びつけたのが、牛河という共通の敵であり、空気さなぎという神秘現象というのも暗示的。人の心は一筋縄では行かないということか。
読了日:05月03日 著者:村上 春樹
http://book.akahoshitakuya.com/cmt/18670800

▼読んでた本
■クジラの彼
著者:有川 浩
http://book.akahoshitakuya.com/b/4048737430

■楊令伝 3 盤紆の章 (集英社文庫)
著者:北方 謙三
http://book.akahoshitakuya.com/b/4087467279

▼積読本
■「おじさん」的思考 (角川文庫)
著者:内田 樹
http://book.akahoshitakuya.com/b/4043707053

■ゴールドマン・サックスが解れば世界経済を操る大謀略が見えてくる
著者:鈴木 啓功
http://book.akahoshitakuya.com/b/488086269X

▼読みたい本
■オーケストラの職人たち (文春文庫)
著者:岩城 宏之
http://book.akahoshitakuya.com/b/4167271060

■「なぜ?」から始める現代アート (NHK出版新書)
著者:長谷川 祐子
http://book.akahoshitakuya.com/b/4140883642

▼読書メーター
http://book.akahoshitakuya.com/

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お薦め本

  • 鈴木亘: 「財政危機と社会保障」
  • 波頭亮: 「成熟日本への進路」
  • 中野剛志: TPP亡国論
  • 増田悦佐: 日本と世界を揺り動かす物凄いこと
  • 古賀茂明: 日本中枢の崩壊

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