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2012年7月 5日 (木)

「成熟日本への進路」を読む

■波頭亮「成熟日本への進路ー『成長論』から『分配論』へ」ちくま新書2010を読んだ。

まず、本の結論の部分だけを簡単に整理する。

●ビジョンの不在
 ・時代に合ったビジョンへの転換ができていない⇒政策のダッチロールの原因

●日本は成長フェーズから成熟フェーズに変化
 ①90年以降、名目GDPは横ばい、実質GDPは成長率1%。1人当たりGDPは95年以降衰退。
 ②成長因子の消失=労働人口と労働時間の減少。資本ストック(貯蓄率)の低下。
          労働生産性の停滞(産業構造の高度化の遅れ)
 ③国民の生活への不安が高まる⇒社会保障や高齢化対策への要求拡大、
         幸せでない日本人、格差は小さいが相対的貧困者率が高い(14.9%)
●これからの日本の国家ビジョン
 ・「国民の誰もが、医・食・住を保障される国づくり」
 ・医療・介護無料化(13.5兆円)、全ての貧困者の生活保護(10.4兆円)

●国民の生活保障のための経済政策の主軸は、「所得再配分」
 ・国民負担率10%アップ(40%⇒50%)、米35%、英48%、独52%、仏61%
 ・財源確保は30兆円増税(消費税10%・金融資産課税0.5%・相続税20%)
 ・所得税・法人税は引き下げの方向
 ・間接給付(中間組織が勝手に運用)⇒直接給付(年金・手当・税金還付)

●GDPと雇用を確保する産業政策の主軸は「産業構造のシフト」
 ①景気対策はしない⇒土木建設中心の公共事業に経済効率・波及効果はない
           補助金等は、非効率な産業構造を温存し弱体化
 ②医療・介護・教育産業の拡充⇒規制緩和と労働条件の改善策⇒但しGDPの10%
 ②外貨を稼げる産業の育成(石油と食糧輸入のため27兆円必要)
    ⇒国際競争力のある高付加価値産業⇒ハイテク型環境関連産業が中心

●成熟国家に適した経済活力確保のための政策「市場メカニズムの尊重」
 ①毎年1%の生産性向上⇒市場の環境変化や顧客のニーズの変化への対応必須
            ⇒企業活動の自由度を上げる=規制緩和
 ②採用形態や解雇の自由度の高度化⇒生活保障があるので雇用保護はしない

●組織体制(=官僚機構)の変革は「政治主導」で
 ①政治家による官僚人事権の掌握⇒変化を拒む官僚による行政改革の骨抜き阻止
 ②特別会計制度(日本独特)の解消⇒自己増殖の資金源を断つ⇒会計制度の一本化
 ③メディアによる支援必要⇒官僚の傀儡機関を断つ⇒ジャーナリスト魂に期待

●国民の意識改革
 ①「互助と共生の価値観」の共有=弱者に厳しい国からの脱却、富める人の理解が必須

 ②政治への国民の責任意識と積極的な参画が必要

■ビジョンについて

 著者は、福祉国家である北欧諸国とりわけデンマークをモデルにしている。デンマークは、国民負担率70%にも拘わらず、国民の幸福度は客観的にも主観的にも、世界一であり、しかも1人当たりGDPは世界でも上位にある。高福祉高負担の国を築きながら、経済政策は社会主義の全く逆を行く、企業の自由度を最大限に尊重する政策を取っているところが重要である。

 一方、やはり高い成長率と1人当たりGDPを持ちながら、全く逆の政策を取っているのがアメリカである。先進国中で最低の国民負担率で、公的扶助は最低限にとどめ、自由と自己責任にもとづいた社会運営をしている。今までの日本はアメリカ型を志向してきたが、それで良いのかという問いかけでもある。

 アメリカとデンマークの共通点は、日本との違いでもあるが、2点あるという。一つは教育への投資が世界トップ水準であること。もう一つは、労働者を解雇しやすいことである。教育と自由が経済成長の必要条件である。日本は、雇用確保のために企業活動の自由が抑制されている。従って産業構造のシフトが難しい。社会福祉も教育も不十分である。

 アメリカは移民国家であり、成長の源である人口が増え続けているところが日本と異なる。また金持ちが社会貢献や寄付を積極的に行う精神風土があるから、最終的には国民負担率は日本より高いかもしれない。企業への規制が少ないから、市場の変化に対応しやすく新規事業や起業が活発である。解雇されても新しい仕事につきやすい。

 
 とはいえ、国民皆医療保険もなく、全て自己責任というのは厳しいし、行き過ぎの金融資本主義が大きな格差問題を顕在化させていることも事実だ。だとすれば、今モデルにすべきは、やはりデンマークかもしれない。

■増税と経済成長について

 社会福祉国家を目指すには、増税は避けられない。もちろん、そのためには福祉制度との一体改革でなければならないし、政府の無駄遣いを防ぐための、官僚制度改革も必要だ。また、規制緩和による経済成長策も一体でなければならない。増税だけを実施する野田政権は、官僚の思惑通りに動いているだけだから、増税分はおそらく福祉には回らない。

 福祉国家論の主張に乗るには、どうしてもクリアしておく主張がある。ジェームス・スキナー氏の「略奪大国」2011だ。波頭氏の主張と対比させると次のようになる。

 国民の幸福を大きくするのは、経済成長以外にない。ある人の財産を奪い、周りの人に再分配するという社会主義の略奪思想は、人の自由を奪い、人権を踏みにじり、経済成長を阻害するため、多くの貧困者を作り出す。法人税は反ビジネス政策である。所得税の累進課税は、略奪思想である。税金は、平等な消費税に限定すべきだ。

 福祉国家といえども、経済成長なしには成り立たない。規制を緩和し、自由度を高めれば、企業の努力が反映する。法人税を押さえれば企業業績も上がる。
 経済成長の源は生産性の向上であり、企業が生産性の向上を行うのは、厳しい競争があるからである。福祉国家といえども、競争原理は必要である。ここはスキナー氏の主張と矛盾しない。

 問題は企業家や経営者を中心とする金持ちが、高度な社会福祉の為に高い累進課税の所得税や金融資産税、高い相続税を認めるかどうかが鍵だ。

 スキナー氏も、社会全体が貧しい人たちの世話をすることを否定はしない。それは良いことだが、人を助けるかどうかはその人の自由意志であるべきだと言っている。困っている人を助けるのは金持ちの責任だ、義務だと言うから略奪思想だというのである。生活保護に安住して、働けるのに働かない人が増えていることを怒っているのだ。この主張は理解できる。

 金持ちつまりは企業家や経営者が、高度な社会福祉政策を支持し、高い税金を払ってくれれば良いのだが、そう簡単ではない。
 国民の多くは、金持ちではないから、高度福祉国家を目指す政党が支持される可能性は高い。民主党もそれに近いことを言ったから支持された。

 しかし問題は企業家や経営者はやる気を出すかだ。政府の反ビジネス政策、日銀の円高無策で、日本の企業はいまや皆、海外指向になってしまった。すべての企業が海外に出ていってしまう訳ではないにしても、日本経済が衰退すれば税収も上がらず、いずれ国は破綻してしまう。

 日本の企業家や経営者たちが、自分が儲けることだけでなく、日本の国民の幸せ、日本社会の繁栄を願う心があることに期待するしかないのだろうか。デンマークの金持ちはどう考えているのだろうか。波頭氏によれば、日本が世界で一番、弱者に厳しいという調査結果があり、彼も大変ショックを受けたそうだ。しかし、日本人は、自分が弱者として甘えることに厳しいだけだと解釈し、東日本大震災で日本人が見せた「絆」の強さに期待する。

 少々、頼りない結論だが、もっともっと日本人全体が、インターネット等を通じて、ビジョンについて議論を重ね、価値の共有化を図ることが何よりも重要ではないか。

 
■官僚制度改革

 
 政治家がいくら良い政策を立てても、それを実行する官僚機構が、言うとおりに動かなくては政策は実現しない。民主党が分裂し、政界がまた流動的になりつつあるが、官僚機構にメスが入れられない限り、日本に未来はない。

 官僚機構にメスを入れることができるのは、やはり政府であり政治家である。過去にこれができたのは小泉政権だけのようだ。しかし政権交代後に、見事に元に戻ってしまった。

 政治家に期待するしかないのだが、やはり国民が政治家にプレッシャーを与え続けるしかない。原発再稼働反対の市民の大きな声が首相官邸を包み込んだ。選挙が近い。誰が、どんなビジョンと政策を掲げ、そしてどのように官僚制度改革をしてくれるのかを、良く見極めねばならない。
 

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