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2012年9月 6日 (木)

アメリカとの決別

佐伯啓思「自由と民主主義をもうやめる」(幻冬舎新書2008年)を読んだ。

タイトルは刺激的だが、あとがきで著者が言うように、自由も民主主義も無条件で良い訳ではないということ。自由には規律が必要であり、民主主義には国民の良識が必要である。それらがないと「放縦」や「衆愚」に陥る。規律や良識はその国の宗教・文化や歴史、その国の「価値」から切り離せない。進歩主義は、価値を崩壊させニヒリズムをもたらすが、日本における価値基準の混乱の原因もそこにある。著者は保守主義の立場から、米国の支配によって失った日本的な「価値」を取り戻し、混乱から脱するべきと主張している。

■まず本書を要約する。

●保守に託された最後の希望
・冷戦後、自由・民主主義・平和という戦後日本の体制を保守する立場が「サヨク」。
・戦後日本を変革しようという進歩主義が「保守」になり、左翼対保守構図が無意味化
・保守が訴えた変革=構造改革+憲法改正+教育基本法改正⇒親米と反米に分化。
・保守=理性に限界を認め、歴史や文化・非合理・慣習重視。急激な社会変化を避ける

・米国の公式価値=技術による自由の拡大・社会の合理的変革=進歩主義+軍事的強硬
・目に見えない価値=米国例外主義、キリスト教、エリート主義、人種意識、画一主義
・進歩主義は、自分の行動を律する共通の規範や道徳を見失い「ニヒリズム」に陥る
・フランス革命の理念「自由・平等・人権の普遍性」を疑うのが保守。親米保守は矛盾
・自由の過剰・過度な物的幸福の追求・価値の崩壊⇒文明の崩壊を食い止めるのが保守

●自由は普遍の価値ではない
・米国に防衛を委ねて独立国家のような顔をしている平和日本の欺瞞⇒三島事件
・大戦は日本の前近代性が原因とされ、米国的な近代化が戦後日本の思想の出発点に
・米国はプロテスタントで急進的な近代主義。自己責任に基づく市場競争主義が保守
・ネオコンは世界のアメリカ化を目論み敵対勢力(イスラム原理主義等)は武力で排除

・日本は政治経済の合理化のため、社会の土台を根本から変革しようとするが無理な話
・近代思想を生み出した西洋では、近代を軽信せず伝統や昔の自然を残そうとしている
・エドマンド・バークのフランス革命批判。宗教や貴族制等「賢明な偏見」は残すべき
・バーク:普遍的な人権などはなく、特定の歴史的文脈の中でのみ意味を持つ
・英国の保守主義は、個と社会の中間集団(家族、コミュニティ)を大事にする

・大事なのは自由・民主・競争でなく、それでどんな社会を実現するかのビジョン
・国民のムードで変わる日本政治。民主主義の結果のねじれで民主的意思決定が不可能
・過平等修正の構造改革の結果が格差。格差是正は元に戻ること。政策のダッチロール
・経済繁栄・平和と価値崩壊は戦後日本の表と裏。戦後日本という構造の見直しが必要

●成熟の果てのニヒリズム
・ニーチェ:道徳や正義の裏に合理的に他人を支配したい権力欲。キリスト教が隠ぺい
・自由・平等・人権は人間の所与ではなく、弱者が強者に対抗する為に生み出したもの
・西洋近代の巨大帝国専制君主の圧制や階級社会からの解放・自由が人々の願いだった
・それを普遍的・正義というのは、欺瞞であり不健康。だからニヒリズムに陥る
・それに代わる健康な価値は真に優れた少数者超人によって生み出される

・文明崩壊の予兆の一次大戦。技術への無条件の信仰が繁栄の証であり、没落の象徴
・自由平等がほぼ実現した結果、個人は欲望追求に向かい、結束が弱まりバラバラに
・文明の高度化が生き甲斐を失わせニヒリズムを生み、文明の崩壊をもたらす

・自由と民主主義を脅威から守るという使命感で世界はニヒリズムを一旦回避。
・二次大戦は、ファシズム対自由・民主主義と言われるがそれは米国の構図。
・但し日伊はナチスとは別。ユダヤ人虐殺と原爆投下による大量虐殺に違いはある?

・冷戦は全体主義対自由民主主義という米国の構図。米国の国益と理念が常に一体
・90年冷戦終了で進歩の歴史は終焉、再びニヒリズムに行くと思われた(フクヤマ)
・ところが米国はグローバリズムで世界中の民主化を主導。これが9.11のテロに繋がる
・米国は、9.11を西洋理念への攻撃・文明の衝突でなく、ならず者のテロと認識

・9.11は、自由と民主主義はイスラム社会では通用しないという事実を明らかに
・欧州は、歴史と伝統の縛りを全て切り捨てて自由を実現しようとは思っていない
・元々は自由も民主主義もギリシャのポリスに由来した価値
・価値崩壊後は、ただ生きることに価値をおく生命至上主義というニヒリズムが台頭
・自由でなく規律を求めて宗教活動やボランティア活動が復調。20世紀初頭に戻った

・西洋近代は一方で自由平等を唱えながら、他方で利を求め力でアジアを植民地化
・京都学派の主張:西洋の覇権主義に対抗するには、力ではなく道義で牽制すること
・普遍性の無根拠化=ニヒリズムでなく、世界の無意味性=無を最初から受け入れよ
・調和、節度、自己抑制、他人への配慮といった日本的価値を打ち出していくこと

●漂流する日本的価値
・世界金融危機の根本原因は、過剰資本が流れ込んだグローバル金融市場の不安定構造
・グローバリズムは冷戦後世界の実権を握るべく巨大市場を取るという米国の意図
・優位な金融とITの革命で資本を注入し安い労働力を求めアジア進出した米国企業
・日米構造協議は米国に要求された構造改革。資本・労働・自然資源の市場化
・生産要素が市場化されることで、その価格・供給が変動し生産活動が不安定化
・金融・労働・資源の規制緩和で企業への投資でなく生産要素への投機による利益追求
・ドルの米国、労働力の中国、資源ロシア・アラブが世界を支配する構図

・もう一つの生産要素「組織」を作り出す力が日本の強み。忠誠・誠実・勤勉が支える
・組織の商品化=企業売買で日本的組織の良さが失われつつある

・16,17世紀の重商主義、19,20世紀の帝国主義と2つのグローバリズムは戦争で決着
・21世紀グローバリズムは帝国主義。米、中、露が覇権争い。日本は曖昧な立場
・国力は政治力・軍事力・経済力そして文化力(価値力)。日本には文化力しかない
・グローバル化によって、逆に人々は各国の国益・文化のアイデンティティを見直す
・「日本的なもの」が戦争の原因と断罪され「アメリカ的なもの」に精神的に隷属した
・価値基準が混乱している今こそ、「日本的な価値」を再考し取り戻すとき

・西洋資本主義はプロテスタントの勤勉な労働の精神から。神の前で個人は孤独
・日本の資本主義は日本的勤勉が支える。背景に悉有仏性や清明心の日本的宗教観
・日本では人間は自然の一部として役割(性)を持つ(石田梅岩)
・個人が役割を全うすることで社会の秩序が保たれ、逆に個人の精神の秩序も保たれる
・自分の欲望を排し、私を無にして、やるべき道を全うするのが正しいとする精神
・自らの権利と利益を主張して覇権を争うやり方は行き詰る。今こそ日本的精神が必要

●日本を愛して生きるということ
1.なぜ今「愛国心」なのか
・「日本を愛する」と言う時の『日本』とは何を指すのか
・国民に共有されるべき「国に対する責任」が余りにもない。誇りを感じていない

2.「愛国心」をめぐる諸概念
・ナショナリズムは国民が大切という思想。ステイティズム国家主義とは区別
・愛国心パトリオティズムは場所としての郷土愛。感情的にならずに概念の整理が必要

3.「戦後」をめぐる二つの見方
・丸山眞男「ナショナリズムから民主主義へ」戦争の原因は民主主義の未確立と天皇制
・主権者が価値の体現者であり、君主であると批判不可能。政府・軍部に利用された天皇。
・ワイマール共和国がナチズムを生んだことを説明できない。但しナチス批判はあった
・日本では戦争批判が出来なかったことが「悔恨」。だから戦後民主主義が正当と主張
・吉田満「戦艦大和ノ最期」ちくま文庫。自己利益と保身で成り立つ戦後の繁栄は偽物
・能天気な繁栄謳歌に悲惨な死者たちへの負い目を感じよ

4.「あの戦争」をめぐる歴史観
・占領政策も東京裁判もファシズム対民主主義という米国の戦争観で懲罰。
・米の歴史観を受け入れ間違いを認めて戦後をスタート
・国際法違反の米国による日本の体制転換で主権が剥奪された。
・日本はドイツと同じファシズムではなかった?

5.近代化という悲哀
・西洋のアジア植民地化の時代。日本の独立は西洋並の文明国になること(福沢諭吉)
・日本は文明化により西洋とアジアの植民地化を争う。帝国主義とファシズムは違う?
・漱石の危惧:日本の西洋化で日本的なものを喪失。保田輿重郎:万葉集の滅びの美学
無私の精神。西田哲学:仏教的な無、不条理を納得する根拠
・日本的精神は西洋覇権主義に勝てない運命。日本人の底辺に流れる美しく滅びる精神を想起すべし。

■まとめ
 戦後生まれの自分は、かつて日本がファシズムであったために戦争に突き進み、戦後は米国と同盟し「自由と民主主義」の国になり、平和を繁栄を享受できてとても良かったと、単純に思ってきた。最近の日本は政治も経済も低迷しているものの、世界の中では恵まれた国であることに間違いはない。それも米国の安全保障のお蔭であると。

 しかしながら、米国の国力の低下と共に、米国の行き過ぎた金融資本主義で世界中の経済がおかしくなったこと、米国は自由と民主主義の番人と称し世界中で戦争を仕掛けてること、日本の政治家や官僚がすべて米国の言いなりになっていること、米国は結局自国の利益だけしか考えていないことなどが明らかになり、そろそろ日本を植民地のようなものとみている米国との決別が必要だと感じていた。

 著者の主張は、単純化すれば「反米保守」だが、レッテルで判断することは避けたい。保守主義や進歩主義、愛国心やナショナリズムについても概念を明確にしないと、感情が先に立って議論にならなくなる。

 著者の言う保守は、フランス革命の理念である「自由・平等・人権の普遍性」を疑い、近代文明が陥っている自由の過剰・過度な物的幸福の追求・価値の崩壊を食い止めたいという立場である。欧州のように自由・民主・競争は、その社会の価値、その社会の規範・良識と結びついたところで実現されねばならないという主張は十分理解できる。

 米国は、自由と民主主義の普遍性を信じそれを世界に押し付けてきた。日本の戦後は、日本的価値を封印し、軍事力を米国に依存しながら、経済活動に邁進してきた。そして一定の成功を収めたものの、精神的には米国的価値にもついて行けず、国民の価値意識はバラバラになりムードに流され、愛国心を失い、国の行方も定まらず国がダッチロールしている。

 自由と民主主義は、決して普遍的な原理ではなく、規範や価値を共有化する一つの国家の中でしか機能せず、自国民にしか保障されない。他国はこれを守るための手段としてしか見られない。個人の利益追求の自由は、近代文明の一環である資本主義を正当化し、競争社会と経済的不平等を生んだが、社会的不安を生まないように規制をかける以外に、ブレーキをかけるものがない。特に他国民に対しては、ルールは適用されない。従って民主主義は帝国主義と共存しうる。

 植民地の収奪を支える思想は、植民地の「救済」である。適者生存の世界で、遅れている植民地を文明化し進歩させなければならないという啓蒙思想がある。自分たちの近代文明・近代思想・近代社会の価値体系が、疑いもなく正しい。これに敵対するものは力で排除する。建前は、救済であり民主主義の敷衍であっても、本質は国家を牛耳っている金融資本や巨大企業のための市場開拓であり、自然資源の確保である。軍事力だけで人間を支配できないから、政治・文化・社会の価値を布教するのだ。これは米国の思想そのものではないのか?そしてそのベースにキリスト教の影響を感じる。

 著者は、日本的価値を取り戻せと言いながら、それは滅びの美学であり西洋覇権主義には勝てないという。日本はナチスとは違い、ファシズムではないとの物言いは軍国主義復活を望むかのような誤解を受ける。西洋と同じように近代化すれば西洋とアジアの植民地化を争う帝国主義間の戦いになるのは必然だったと言いたかったのだろうか。しかし、間違いなく日本帝国主義は全体主義という意味でのファシズムだった。

 ではなぜ、個人主義と民主主義、資本主義自由、社会主義的平等を否定するファシズムが生まれたのか。この本ではこの問題には言及していないが、そちらの方に関心が向く。著者の主張する保守主義、民族と愛国心、無私と国家、精神論、エリート主義の延長上に、ファシズムがあると思うからだ。

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