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2012年10月

2012年10月30日 (火)

「メイドインジャパン 逆襲のシナリオ」を観た

■土日の二夜連続のNHKスペシャルで標題の番組を観た。日本の家電メーカーが軒並み苦戦している。その原因は何なのか、逆襲のシナリオはあるのか、非常に気になっていたので興味深く観た。第1回は「岐路に立つ日本家電」としてソニーとシャープが取り上げられ、第2回は「復活への新戦略」の成功企業としてダイキンや東レが紹介されていた。初めて知ったことも多く、大変勉強になった。

■要約 
●ソニーとアップルの比較 
 ソニーがアップルに負けたのは、価格ではなく新しい魅力商品を生み出せなくなったからだ。時代のニーズは、インターネットで買えるデジタル・コンテンツに移行して行くことは分かっていたが、ソニーは映画・音楽を売る企業でもあったため、それが足を引っ張った。さらにメーカーであったため、工場への大きな投資が必要だった。技術志向で成功した企業にありがちな、市場軽視があった。アップルは製品の製造を中国に外注する。その製品へのこだわりは、技術ではなくコンテンツにありソフトにあり、アイディアにあった。

 ソニーは大企業ゆえの縦割り組織で、全体の方向転換は上手く行かなかった。大企業になるほど、業績が悪化するほど管理志向になり、自由闊達な企業風土が失われ、新しいアイディアも出なくなった。さらにリストラにより優秀な頭脳がライバル企業に流れた。

 デジタル時代は、技術の陳腐化・製品のコモディティ化が速い。職人の高度な技能も必要なく誰でもアッセンブル出来るから、台中韓企業が日本に追いつくことができた。

●シャープとサムスン
 ソニーやシャープのテレビが行き詰ったのは、リーマンショックで輸出先の先進国の景気が悪くなったためだ。そこで輸出先を急遽、新興国に切り替えたが、そこはサムスン等の台中韓企業が進出していた。日本は大型化技術や高級な品質を売り物にしているが、日本や先進国では売れても、新興国は低価格品でないと売れない。低価格勝負では労働力の安い国の企業には敵わないし、円高も日本に不利に働いた。

 日本企業は、新興国に進出した際、良いものは売れなければおかしいと考え、上から目線でいた。先進国と新興国では市場ニーズが異なるにも拘わらず、、技術をニーズに合わせようとしなかった。既存製品の性能・品質を進化させることにこだわり、先端技術を開発しブラックボックス化した。日本のモノづくりは強いというおごりと、工場を誘致したい地元の補助金の後押しが、国内工場への大型投資に踏み切らせ、それが販売不振になると足を引っ張った。

 シャープは最先端技術が国外に漏れるのを防ぐため、02年亀山でパネルからテレビまでの一貫生産を始めた。中国で安く作ることには関心がなかった。サムスンは、ここに勝機をつかんだ。サムスンでは、安く・良く・速くをモットーに、自社の技術にこだわらず、買える技術は買うことにした。技術よりも消費者の求めているものをつかむことを優先した。松下幸之助や本田宗一郎の教えを忠実に行っていた。

 消費者のニーズに応えるのはモノづくりの原点だ。ソニーは、インドのTVでは、赤と青が鮮明に見えることがニーズであることをつかみトップシェア確保に成功した。日本には、ニーズさえ明確にすればそれを実現する技術がある。アップルのジョブスが、iPhoneをつくる際にイメージを実現するために求めた熟練技能がある。復活の一つのヒントがここにある。

●ライバルがパートナー
 復活戦略の成功例としてダイキンのエアコンがあげられる。インバーターの省エネ製品を持ちながら、販売力がないために中国市場でシェアを伸ばせなかったダイキンは、中国のトップ企業、格力に虎の子のインバーター技術を無償提供することでインバーター商品を普及させ、それから自社製品を売り込むことで売り上げを6割伸ばした。ライバルをパートナーにする戦略である。トヨタがハイブリッド車技術をフォードやBMWに供与したのも同じ戦略である。

●超継続は革新
 繊維産業の東レは、新技術を次々に開発することで、時代の変化を乗り切ってきた。ヒートテックも炭素繊維もそうだ。しかし100に1ヒットすれば大成功と言われる発明がそんなに都合よく出来るわけではなく、それを見込んだ「超継続は革新」の経営方針があり、超長期の研究開発体制が整備されていたからこそ可能になった。研究者は20%の労働時間は好きな研究をして良く、しかも失敗は追求されず加点主義だという。「深は新なり」というキャッチフレーズのもと、新しいものを生むべく、一旦成功した開発もそこで終わらせずに更に深めるのだという。そういう自由闊達な風土がいろいろな新素材を生んだ。炭素繊維も最初は使い道が分からず、釣竿やゴルフクラブに使われ、現在の航空機の機体に使われるようになったという。

●日本を拓く、新世代プロデューサー
 日本にも変化が表れ始めた。大企業の硬直性に飽き足らず、やりたいことを自由にやりたいと起業する若者が出始めた。”家電を変えよう”という趣意に、同好の士はネットで簡単に集まった。ネットを活用すれば、一人企業も可能な時代になった。アイディアがあっても、技術がなければ形にならない。技術があっても資金がなければ作れない。資金も今やクラウドファイナンスといって、ネットで集めることが可能になった。それらを一つの場に集めてつなげて事業化するプロデューサーが出始めた。活躍の場は日本に限らない。フィリピンで、電動三輪バイクの可能性に目覚めた徳重氏は、資金は日本・韓国、部品は台湾、組み立てはフィリピンという組み合わせで事業化を進めている。ベネッセなどからも支援を得ることで日本ブランドの力を活用した。

 大企業からもイノベーションは生まれる可能性がある。NTTファシリティは震災地で野菜工場の社内ベンチャーを始めた。資金力のある大企業が、円高を逆手に取って海外のベンチャーを支援したり、優良企業を買収したり、提携したりし始めた。日本のモノづくりの方法が、技術力が見直されている。その活かし方によって大きな可能性が広がる。

■日本のモノづくりの復活の可能性を強調する番組だったが、要するに、「原点に帰れ」ということだろう。モノづくりの原点は消費者のニーズをつかむこと、次はニーズに応えるアイディアを出すこと、最後にアイディアを形にする技術をもつことだ。

 日本は、ニーズが分かれば後は強い。社会が未成熟の時代はニーズは明確だった。安くて実用的・機能的な価値が求められた。そこで日本は成功を収めたが、その成功体験を引き摺っている。消費者が何を求めるかは、社会によって変わる。日本企業は、成熟した日本の消費者を相手に、魅力的な商品も開発してきたはずだ。高価な製品は先進国で、日用品は新興国で受け入れられてきた。それがどこで狂ったのか。

 リーマンショックは予想外だったとしても、先進国の消費低迷、新興国の消費活発化は見えていたはず。日本のメーカーの経営者は新興国対応が遅かった。
 日本企業が見落としたのは、変化のスピードだ。IT化で技術の陳腐化が速くなり、同じものがすぐ新興国で作られるようになったため、日本製品の価格競争力が落ちた。まだ最先端技術の詰まった日本の部品が使われているとはいえ、時間の問題である。

 日本の技術者は、製品の機能や品質の開発・進化は得意だが、顧客ニーズの把握や新しい価値の創出には弱いという体質的な問題がある。そのような技術者が開発の主導権を持っていると、既存製品の枠組みから出ることが困難になり、企業は新しい魅力商品を生み出せなくなる。企業内ですら縦割り組織のため、それぞれ特化した技術の交流も行われないので、枠組みを超えた新しい技術が生まれない。経済発展の原動力である破壊的なイノベーションは生まれない。

 更に組織が硬直化してきた日本企業には、既得権に安住し現状を維持しようとする風土が根付き、革新がもたらす「大きな変化を嫌う」という大きな壁ができた。変化をもたらす破壊型の革新に対しては組織が足を引っ張って阻止しようとする傾向がある。しかし環境が変化し、ニーズが変化しているのに、それに対応する組織が変化しなくては落ちこぼれるばかりである。

 絶えず、どこの国のどのクラスの人たちにどのような商品を提供するのか、そのニーズを掴むだけでなく絶えずその変化を追い求めて行かないと、消費者に遅れを取ってしまう。しかもそのニーズは、成熟化してくると顕在化したものでも、客観的に捉えられるものでもなくなってくる。消費者も分かっていない潜在的なニーズだ。消費者のニーズを実現するだけでは魅力的な商品になりえない。

 また、全てを自分でやろうとしても不可能だ。ネットワークを組んでチームで仕事をしなければ、変化のスピードについていけないし、大きな変化ですべてを失うことになる。それが出来るのは、専門的な技術者ではなく、大きな視野を持って全体をまとめるプロデューサーでありクリエイティブなプロジェクトマネージャーということだろう。

 同じことは、日本のメーカーだけではなく、日本の政治についても言えそうだ。

2012年10月22日 (月)

領土問題を考える

■日本政府による尖閣諸島国有化に対する中国の反発は各地のデモや暴動にど止まらず、政府のIMFへの欠席にまで発展した。さらに尖閣諸島付近の境界域を一団の軍艦が通り抜けるなどの圧力を掛けている。不買運動による中国進出日本企業の業績悪化、日本への観光客の減少など、経済への影響も出始めている。文化的な交流事業にも影響が出ており、その激しさは以前と様相が異なる。この領土問題をどう解決したらよいのだろうか?

●今回の出来事のキッカケを作った石原都知事の主張が、文芸春秋11月号に出ていた。(「世界に堂々と理非を問え」)主張の要点はこうだ。

・シナは石油資源の存在が明かになった後、「日清戦争で取られた」と主張し始めた。
・尖閣は講和条約前から日本領土で、割譲された「台湾と付属島嶼」には含まれていない。国際法上からも歴史的経緯からも日本の領土であることは明白。
・シナの増長を招いた責任は、「領土問題は存在しない」と繰り返すだけで対抗策を取らなかった歴代日本政府にもある。
・日本政府・外務省は、経済にばかり配慮して、領土問題という独立国として最も重要な矜持を失い、事なかれ主義で来た。
・国は尖閣を所有するだけでなく、船溜りや無線中継基地等の整備を行うべきだ。
・通常武器の戦闘でシナに負けることは考えられない。「寄らば斬る」の構えが必要。
・アメリカ政府は、尖閣諸島は日米安保条約の対象であると明言した。
・シナの覇権主義と利権への執着に毅然とした態度を示して、日本のチベット化を防げ。

●この意見と真っ向から対立する元外務省の孫崎享氏の主張をまとめてみよう。(「不愉快な現実」講談社現代新書)

・中国は、2020年前後で、経済・軍事両面で米国と肩を並べる大国になる。日本は軍事的に中国に対抗できない。
・米国に依存するだけで日本が繁栄する時代は終わった。この20年、米国は日本の経済力を弱体化することに力を注いできた。
・利益のために中国重視に切り替えた米国が、日本を守るために中国と軍事的に対決することはない。万が一のための備えとして日本を利用しているだけ。
・客観的にみて、小勢なのに強気ばかりでいるのは、大部隊の捕虜になるだけ。 
・日本は自国の主張のみが正しいとの前提から一歩も出ず、問題解決を志向していない。中国は、15世紀明の時代に釣魚島は台湾に付属する小島だったと主張している。
・72年の国交正常化の際、田中・周会談で領土問題の棚上げ・関係改善重視に合意した。
・悲惨な戦争を避けたいならば、国家の安全保障より、国を越えた社会・経済・福祉を重視したEUやASEANのようなあり方を学ぶべき。
・日本は東アジアとの連帯なくして経済的繁栄はない。領土問題で争うより複合的相互依存関係に持ち込むべき。

●同じく文芸春秋で、中西輝政京大名誉教授が、日中友好の40年は、「日本外交の欺瞞と怠慢の40年」だったと断罪している。(鼎談「日中文明の衝突」)

・91年にフィリピンが米軍を追い出したことにより、南シナ海に力の空白が生じた。
・これに乗じて92年に、鄧小平は『領海法及び隣接区域法』を制定し、尖閣、台湾、南シナ 海の島を自国領土と規定し「棚上げ論」を反故にした。この時、日本政府は中国の不当さを世界に訴えなかった。
・日本政府は中国に対し、過度の贖罪意識を持ち、常に対立を避けようとする余り、なすべき主張もせず、非正規な裏ルートで無原則に対応する悪弊を身に付けてしまった。
・国際社会に向けて日本は、領有権以外については話し合いに応じる用意があることをアピールすることが重要。
・二国間で領土問題を協議することは決裂すれば戦争になるので、絶対にすべきではない。対面で話し合うルートを確保し、海洋資源等の周辺問題について話し合うべき。

・米国は日本有事の際に自動的に日本のために戦うわけではない。民主党が、米国を強い同盟関係に引き込む努力をしなかったため中国に付け込まれた。
・オバマ政権は当初中国宥和政策をとったが、尖閣での中国の態度に危険を感じ始めた。・各国が投資を減らしているのに、投資を増やしている日本企業は危険。中国なくして日本の繁栄はないという財界の主張は幻想。
・中国は技術力のない世界の下請け工場。極端な格差問題の暴発、低賃金労働力のメリット喪失、新幹線事故やコピー商品、有害食品などへの不信、今回のような暴動など、大きな不安を抱え、今後の発展は疑問であり投資はリスクが大きい。

■三つの主張を比較したとき、事実認識及び今後の展開予想の違いが主張の違いに結び付いていることが分かる。①領有権の根拠②中国は米国並みの大国になるのかの予想③米国は日本有事に闘うのかの予想

  ①については、日中とも国民は確かなことを知らない。石原氏は日清講和条約を挙げているが、美根慶樹氏によれば中国政府は明代の冊対使の記録や籌海図編を根拠にしているという。いずれにしてもその時点で中国による実効支配がなかったことを明確にすべきだし、明の版図が現在の中国の領土という根拠も曖昧だということを世界に知らしめるべきである。

  ②については、中国の経済力・軍事力を恐れる孫崎氏と、それは幻想でいずれ崩壊するとする石原氏と中西氏で、強気になるかどうかが分かれる。孫崎氏は今後予想の根拠となる統計を示しているが、それだけでは今までの延長線上で発展をするかどうかの根拠にはならない。中西氏が指摘するように、中国の発展も限界に来ているかもしれない。

  ③については、米国は日本のために戦わないとする孫崎氏と、現在の疎遠な関係だと闘わない可能性があるとする中西氏、尖閣は日米安保の範疇だと安心している石原氏に分かれる。米国の真意は分からないが、恐らく米国内でも様々な意見の対立があり揺れ動くものだと思うから、中西氏の意見が妥当のように思う。

■専門家でないから、どれが正しいかは正直なところ良く分からない。ただ自分としては石原都知事のように米国を全面的には信用できないので米国追従は癪だが、日本の軍事力が弱い以上、割り切って米国との同盟関係を強化するしかないと考える。

 また、中国との戦争は絶対に避けるべきだから、孫崎氏のいうように中国と領土問題について議論するより、相互の共通の利益を追求して関係改善を図るべきだと思う。それで絶対戦争を防ぐことが出来るわけではないにしても、である。

 石原都知事は、経済のために国家主権を犠牲にしてよいのかと主張するが、尖閣の領有権争いで緊張関係を続けるのと、日中両国が経済的メリットを享受するのを比較したら後者を取るべきだろう。国家としての矜持を捨てると言うことではなく、感情的になって、いたずらに強硬な方針を取り緊張関係を拡大すべきではないということだ。

 中国が、経済的な規制を日本企業や貿易に掛けてくるのならば、中国にこだわらずに、すでに一部の企業がシフトし始めているように、ASEANとの連携を深めるべきだと思う。

 今回の反日運動は、中国の権力闘争の中で、国民の歓心を得るための愛国競争に使われた可能性があり、きわめて危険な手法である。また、中国は国内に様々な問題を抱えており、いつ反政府運動に切り替わるかも分からない。今回の暴動はカントリーリスクを顕在化させ、投資している先進国に意識されてしまった。中国は国家資本主義であり、先進国の自由市場経済に基づく資本主義ではないことを再認識する必要がある。

 従って今までのような順調な経済成長は望めない可能性はあるが、だからといって中国の経済力・軍事力を見くびっていてはならないと思う。中国政府は、輸出がダメと見るや直ちに、内需中心の消費主導型の政策を打ち出すなど、日本政府よりよほど動きが速い。根拠のない強気は危険だし、ましてや明治時代の名残のような中国蔑視の感情は捨てるべきである。

  「領土問題は存在しない」では最早通用しないので、国連や国際司法裁判所等の国際的連携の枠組みを利用して、国際社会に領有権の根拠をアピールする必要があると言うことについては、三者の考えは一致しており、その通りだと思う。その点に関しては、中国の方が長けており、戦略的に世界にアピールしているから、一部では日本は戦争を仕掛ける好戦的な国と言う見方も出始めているようだ。何よりも、その事実を両国民にきちんと知らせることから始めるべきだろう。ナショナリズムを掻き立てるような方法だけは避けなければならないと思う。日本は、あくまでも冷静に大人の対応をすべきだ。

 日経の交遊録(121008)で門田守人氏が紹介していた阪大故森武貞教授の言葉が大きなヒントになる。

  「両者の利害がぶつかる問題は同じ次元で議論をしても解決しない。必要なことは両者がもう一つ上の次元に立つことだ。そうすれば相反する両者の利害は共有化でき、問題は解決できる」

 

2012年10月 8日 (月)

「非常時のことば」を読む

高橋源一郎「非常時のことば」(朝日新聞出版2012)を読んだ。
3.11の震災後に、ことばや文章に対する感じ方・考え方がどう変化したかについて書いているのだが、共感する指摘が2点あった。

 1点目は、普段私たちが喋ったり書いたりしている時、実はすべて自分で考えたことを喋ったり書いたりしているわけでなく、ほとんど教わったり学んだりしたことだということ。こういう場合は、こういう風に答えるということもほとんど無意識に行われる。そして、非常時の場合には、先行事例がないから「ことば」を失う。事例がないのだから自分で考えるしかない。よりどころは自分だ。流されないように努力しながら、立ち止まって辺りを冷静に眺め、自分の声を聞くことだ。ことば以前の何かを見つけることだ。それは難しいことだが、書くことがそれを発見することに繋がるという意見に共感した。

 そうやって新しいことばや新しい思想が、生み出されてくるのだろうと思う。しかし、私のような一般人にとっては、かなり難しいことだ。出来ることは、いろいろな他者の意見に耳を傾け、自分にあった思想、自分が信じられる世界観を見つけることだ。本を読むのは、そうした理由からだ。

 著者が、ジャン・ジュネや石牟礼美智子の文章に感じたものは、同情などではなく、悲惨な運命の人々にも、一人一人にかけがえのない豊かな人生があったことを書き留めることによる「祈祷の朗唱」だという。少々、分かりにくいが、それが逆説的に悲劇の大きさを感じさせ、悲劇が繰り返されないことへの『祈り』を感じさせるということなのではないだろうか。

 2点目は、次の文章に集約されている。

「どんな巨大な悲劇も、しょせん『他人事』と言う権利は誰もが持っている。にもかかわらず、なぜ『他人』の運命を無視し続けることができないのか。それはその『他人』はもしかしたら『僕』なのかもしれないからだ。」

 他人の中には、ことばの通じない外国人や子供も含まれている。現在の大人たちは、現在の子供たちの未来の世界を想像することなく、自分たちの利益のために負担を負わせようとしている。他人への思いが至らない身勝手な思想は、震災後の私たちには受け入れられなくなっているという著者の意見に賛同する。

 自分の利益にしか関心のない人は、自分の信じる世界しか見ることが出来ず、他人の世界があることに思い至らない。極端な場合には、その世界の存在を認めず、自分の世界を批判する発言を許さない。ことばを不自由なものにするそういう風潮は恐ろしいが、そういう「ことば」への抵抗がある中でも、「ことば」を発して行かなければ画一的な世界観に封じ込められてしまう。

 
 人間性は、生まれながら、あるいは環境の中で自然に身につくものではなく、同じ文化共同体の中で共通する教養を身に付け、利害関係を超えた自由な議論を通じて、思想を多元的で豊かにする努力の内にあるものである、とするアーレントの思想を思い浮かべた。

 不自由な社会の風潮の中で、公的に責任ある発言をすることも、一般人には難しいことだが、自分に合った思想を選択することと同時に、他人の世界を排除する思想を選択しないことは出来そうだ。

2012年10月 6日 (土)

映画を観る楽しみ

■読書はシニア・ライフの中心だが、映画の鑑賞も楽しみの一つである。

 ことばや文章の持つ意味やイメージから本の中の世界に入り込む読書は、かなりの想像力を必要とするが、ストレートに映像と言葉と音が感性を刺激する映画では、その世界に容易に入り込むことが出来る。より現実に近い世界での新たな体験は、心を揺さぶる力も強い。ストーリー展開の面白さや悲しさを、役者の迫真の演技や、環境の演出が引き立てる。音楽の力も大きい。

 読書もそうだが映画鑑賞も、ただ面白かっただけではその場限りの体験に終わってしまうので、出来るだけ感じたこと・読み取ったメッセージを書くことにしている。また何を観たか記録・整理することで、継続の意欲が湧く。そんなわけで読書メーターに続き、鑑賞メーターに登録することにした。

■2012年9月の鑑賞メーター
観たビデオの数:7本
観た鑑賞時間:622分

■ヒューゴの不思議な発明 [Blu-ray]
 孤児になった時計修理職人の息子ヒューゴは、盗みを働いて店主に捕まり、そこで働くことになる。その店主は戦争ですべてを失い失意のどん底にいたが、ヒューゴの活躍で、再び檜舞台に立つことが出来る、という心温まるストーリー。共に影を持つ店主とヒューゴの表情がとてもいい。人も目的を失うと壊れた機械と同じ、壊れた機械を修理するのが自分の役目だというヒューゴの言葉に感動した。舞台となるパリ駅の構内、歯車で一杯の時計塔の内部、雪降るパリの街が印象的で不思議な世界を演出している。あの機械人形の実物を見てみたい。
鑑賞日:09月23日 監督:マーティン・スコセッシ
http://video.akahoshitakuya.com/cmt/1725755

■ミスター・ノーバディ [DVD]
21世紀末、人類は科学の進歩により永遠の生を手に入れている。主人公は死を選択した最後の人間、MR.Nobody。記憶がない人間は誰でもない。記者の取材を受け、徐々に記憶を取り戻して語られるのは、互いに矛盾する複数の違う人生。彼はどの記憶も真実だと言う。人生の岐路における選択は人生を大きく変える。その可能性は樹木のように広がる。映画は一人の男の人生の可能性を描く。未来では、事前に可能性が分かって選択できるのだが、現在でも選択の重要性は同じだ。限られた人生だからこそ、愛すべきものを求めよとのメッセージ。
鑑賞日:09月23日 監督:ジャコ・ヴァン・ドルマル
http://video.akahoshitakuya.com/cmt/1723254

■天地明察 (岡田准一主演、宮崎あおい出演) [DVD]
江戸時代に天文学や暦に関わるこんな人たちがいたのかと言う驚き。暦の改革に水戸光圀も絡んでいたことも初めて知った。失敗して落ち込む夫を、優しく励ます妻の姿にはほろりとするが、岡田准一と宮崎あおいのカップルが可愛すぎて、少々迫力に欠けたが、笑わせる部分もあり、楽しめた。
鑑賞日:09月22日 監督:
http://video.akahoshitakuya.com/cmt/1721572

■ペントハウス [DVD]
主人公は、ニューヨークの高級タワー・マンションの管理マネージャー。ペントハウスの超金持ちの住人に騙され、投資に皆の金を注ぎ込み失敗して首になる。その金持ちは詐欺で逮捕されるが、その住宅に隠されていると分かった現金を何とか奪い返そうとする。一体、あんなものをどうやって運び出すのか・・・。スリルと痛快さが楽しめるエンターテイメント。
鑑賞日:09月22日 監督:ブレット・ラトナー
http://video.akahoshitakuya.com/cmt/1721516

■ベスト・キッド [DVD]
ウィル・スミスの息子も可愛かったが、やはりジャッキーの映画。前面に出張らない渋い役どころだから、アクションより演技が光っていた。
鑑賞日:09月19日 監督:ハラルド・ズワルト
http://video.akahoshitakuya.com/cmt/1713689

■プロメテウス [Blu-ray]
最初は期待でワクワクしながら見ていたが、良くあるエイリアン物だったので少々ガッカリ。気持ち悪かった。
鑑賞日:09月14日 監督:
http://video.akahoshitakuya.com/cmt/1697150

■トータル・リコール [DVD]
激しいアクションで疲れた。脳の記憶を操作できる時代が本当に来ると怖いですね。
鑑賞日:09月02日 監督:ポール・ヴァーホーヴェン
http://video.akahoshitakuya.com/cmt/1667835

▼鑑賞メーター
http://video.akahoshitakuya.com/

2012年10月 4日 (木)

「金融危機型不況 長期化へ」を読む

●今日の日経新聞経済教室で、元FRB副議長のアラン・ブラインダー氏がタイトルの記事を書いている。景気後退にはケインズ型景気後退とRRM型景気後退があるということを初めて知った。

 ケインズ型とは、需要減が原因で、インフレ対策として中央銀行が行う高金利政策に起因する。財政拡大と金融緩和が対応策となる。

 RRM型とはラインハート・ロゴフ・ミンスキー3教授の提唱によるもので、景気後退の原因は、裏付けのない無節操な債務、レバレッジ、資産価格の膨張にある。資産バブルの崩壊により不動産や銀行が壊滅的打撃を被り、金融危機を招いて深刻なダメージをもたらす。

 長期にわたる大規模な債務圧縮が必要になるが、低インフレやデフレで債務が膨らむため債務者の返済は困難になる。景気後退と金融機関の救済で政府財政は大赤字となり、財政出動ができない。また中銀も金利がゼロに近づくと打つ手が限られる。有効な対策はなく、中銀頼みの効果の小さい非伝統的な金融政策がとられる。

 90年からの日本の景気後退を皮切りに、世界経済の大部分が、今この金融危機型不況にはまっている。政府の借り入れコストの低い日米独は財政出動が可能なので、長期的な財政赤字削減策と組み合わせて、短期的な景気刺激策を取るべきだが、政策の方向に見当違いが見られる。

 ギリシャ、アイルランド、スペイン等の余裕のない国は、景気後退期に歳出削減と増税を実施せざるを得ないが、その結果、RRM型に加えてケインズ型の景気後退を引き起こしかねない。

 唯一、中国だけが金融政策も財政出動も行える余裕があり、この型に当てはまらないが、他国の協力なしに世界経済を牽引するほどの力はない。

 結論はこうなっている。
「世界的にみて、マクロ経済への刺激は余り期待できそうにない。世界の多くの国では、ケインズが完全に間違っているのかどうかを確かめる実験が進行中だが、今のところその進捗状況は思わしくない。」

●ブラインダー氏はケインズ型対策の有効性が確かめられないというが、慶応大の江口助教によれば、それは有効ではないという。(日経120429)

 
 80年代の欧米や90年代の日本で、ケインズモデルによる政策が行われたが、無責任に政府支出を拡大したため、政府債務が膨大に膨れ上がり、その後財政赤字の累積に悩まされている。しかも効果がないまま、未だに日本も欧米も苦しんでいる。

 財政出動や減税が家計の可処分所得を増やし、可処分所得が増えると自動的に消費が増え、総需要が増えGDPを押し上げるはずだったが、そうはならなかった。消費者は、財政出動は国債で借りた金だから、いずれ増税により返すことになると考え、使わずに貯金した。つまり一時的ではなく将来を見越して行動したと考えられる。(リカードの中立命題)

 また、現在の国民と将来の国民が異なれば、将来世代は増税のツケのみを支払うことになる。これは将来世代から現在世代への所得移転である。ところが親子関係のように利他的な関係で結ばれていれば、国債が遺産として譲渡され、逆方向の所得移転が生じ、やはりGDPの増大にはつながらない。(ハローの中立命題)したがって減税は無効であると結論付けた。

 
 残される道は、短期的な景気刺激策となるような公共投資だが、成熟国の日本では既存のインフラへの投資はムダ遣いに終わる。新しい成長産業のインフラづくりには効果が出るはずだが、規制緩和や制度整備が進まないと税金を投入しても、経済は成長せず赤字が膨らむだけだ。環境については一定の規制緩和が進んだが、農業・水産業、医療・介護・子育て・教育も規制や補助金漬けである。規制に守られた産業は成長しない。日本の政治家と官僚にはこの壁を破ることは出来そうもない。このあたりが、アメリカやドイツとの大きな違いだろうか。

2012年10月 2日 (火)

2012年9月の読書メーター

2012年9月の読書メーター
読んだ本の数:6冊
読んだページ数:2029ページ
ナイス数:73ナイス
http://book.akahoshitakuya.com/u/195601/matome?invite_id=195601

■告白 (双葉文庫) (双葉文庫 み 21-1)
自分の子供を殺した生徒二人への中学教師の復讐という痛ましいストーリー。事件に関わる何人かの告白を通して、全容が明かになって行くという構成。告白する人が変わるたびに、事件の見方が変わり、新しい事実が知らされる。その展開が面白く、一気に読ませる。教師も生徒も、家庭が複雑で相当ねじれている。特に少年と母親との関係が丁寧に描かれており、ごく普通の関係が次第に壊れて事件に繋がっていく様が怖いが、執念深く生徒を追い詰める教師はもっと怖い。
読了日:9月23日 著者:湊 かなえ
http://book.akahoshitakuya.com/cmt/22370209

■ニーチェの警鐘 日本を蝕む「B層」の害毒 (講談社プラスアルファ新書)
著者は、ニーチェを引用しながら民主主義や平等主義を否定している。人間は決して平等ではなく能力に応じて格差が出るのは当然であり、政治は優秀な指導者層に任せるべきだ。大衆は決して知的に成熟することはないから、選挙権を与えると衆愚政治になり、ファシストを選んでしまう。その危険性は今の政治家のレベルを観れば分かる。民主政治を続けるにしても、衆愚に陥らないよう二院制や三権分立のようなセーフティネットを堅守すべきだという。今、彼の主張に全面的に賛成することは出来ないが、考えるべき大きな課題を突き付けている。
読了日:9月19日 著者:適菜 収
http://book.akahoshitakuya.com/cmt/22283042

■凍りのくじら (講談社文庫)
主人公理帆子は、元カレ若尾の嫌な性格が分かっているのに手を切れない。二人に共通するのは「少し・不在」。人と繋がっていたいのに、いつも浮き上がっている自分。強すぎるエゴがぶつかりあって、事件を引き起こす。「テキオー灯」の光を浴びて、理帆子も喋れなかった郁也も立ち直る。人間関係における「喋ること」の大切さを思う。それにしても、著者の人間洞察力と心理描写は素晴らしい。「ドラえもん」をもっと良く知っていれば、もっと面白かったに違いない。それほど深い人生哲学が込められているとは知らなかった。
読了日:9月19日 著者:辻村 深月
http://book.akahoshitakuya.com/cmt/22267170

■ナショナリズムという迷宮 ラスプーチンかく語りき (朝日文庫)
佐藤優の幅広く深い知識に圧倒された。ナショナリズムとファシズムがどのようにして生まれたのか、勉強になった。ファシズムは、経済格差や恐慌不安を解決すべく国家が前面に出て資本主義をコントロールするシステム。国家が社会的弱者に対して、救貧政策による「いたわり」と、社会的強者を暴くことによる「清潔な政府」のイメージ操作に成功すると、弱者は国家と直接つながり、包摂されているという「帰属意識」=ナショナリズムを抱く。国家の実体は官僚であり、官僚はファッショ化しやすいとの指摘は鋭い。官僚とメディアの暴走には要注意。
読了日:9月17日 著者:佐藤 優,魚住 昭
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■自由と民主主義をもうやめる (幻冬舎新書)
タイトルは刺激的だが、あとがきで著者が言うように、自由も民主主義も無条件で良い訳ではないということ。自由には規律が必要であり、民主主義には国民の良識が必要である。それらがないと「放縦」や「衆愚」に陥る。規律や良識はその国の宗教・文化や歴史、その国の「価値」から切り離せない。進歩主義は、価値を崩壊させニヒリズムをもたらすが、日本における価値基準の混乱の原因もそこにある。著者は保守主義の立場から、米国の支配によって失った日本的な「価値」を取り戻し、混乱から脱するべきと主張している。
読了日:9月6日 著者:佐伯 啓思
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■楊令伝 8 箭激の章 (集英社文庫)
激しい戦いが始まった。そんな中で、花飛麟と扈三娘が結ばれようとは思いもしなかったが、悲しい運命が待っていた。それにしても梁山泊軍が圧倒的な兵力差を撥ね退けて宋禁軍に勝つには、どう攻めるのだろう。いくら梁山泊軍に調練された兵や用兵の上手い指導者がいても、正面から対峙しては負けは目に見えている。結局、動きの掴みにくい楊令軍や史進軍の奇襲頼みにならざるを得ない。それでも先を読んだ童貫の策にはまり張清が岳飛に倒された。一人また一人と指導者を失っていては勝てない。楊令はどう戦おうとしているのか、先が読めない。
読了日:9月5日 著者:北方 謙三
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