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2012年12月 2日 (日)

「現実を視よ」を読む

柳井正「現実を視よ」PHP研究所2012を読んだ。

■我々は、日本が世界でも有数の豊かな国に属し、皆幸せだと思っているのではないか。しかし、著者はそれは日本人が現実を視ていないからだと指摘する。世界の中で見たら決して豊かとは言えないというのだが、統計や事例を引いて説明しているので、説得力がある。

■日本の財政危機と政治家・官僚の責任については、問題の指摘や対策に目新しい主張はない。ただ、日本の一定の豊かさを持った現在の生活(実際は欧米ほど個人は豊かではない)が、20年前の繁栄による蓄財と次世代からの借金と円高に支えられた虚構という指摘は、改めて納得させられる。

■私たちが反省しなければならないのは、バラマキによって金をくれる政治家を選んでいてはだめだと言うこと。「働かざる者、食うべからず」の意識をもう一度取り戻すべきだ。勿論、資本主義の弱点である格差の極端な拡大は、セーフティネットとしての社会保障を充実すべきだ。しかし、足りない金は金持ちから取ればいいと言う発想では、日本から金を稼ぐ企業家がいなくなる。弱者支援と企業家支援は両立させなければ、資本主義は成り立たない。こうしたビジョンを示しその方向に向けて、現実の問題解決方法を具体的に示すことのできる政治家はどこかにいるはずだ。

■柳井氏の意見は事業家らしく企業の経営者や一般社員についても及ぶところが新しい。日本の現状を政治家や官僚のせいにしているだけで、皆が当事者意識を持たなければ、状況は何も変わらないという指摘は、全くその通りだと思う。最終的には企業や個人が頑張って金を稼がない限り、日本は豊かさを維持することは出来ない。政治家や官僚が何を言おうが騙されてはいけない。彼らは金を稼ぐのではなく、国民から集めた税金を使うだけの存在だから。

■元気のない日本の企業が、事業を成功させ継続するためには、需要に応えるだけではだめであるし、高品質化や改善のイノベーションだけでもだめなのだ。世界をリードするような破壊型のイノベーションにより顧客のニーズを掘り起こし、顧客を創造するしかない。行き過ぎた金儲け主義ではなく、より良い社会にするために価値を提供する健全な競争の精神を取り戻すべきである。

■日本の市場が縮小している以上、日本企業は市場が拡大しているアジア、中国に進出せざるを得ない。海外への進出は、コスト競争から日本人の給料を下げる影響があるから、出なくて済むならそれに越したことはない。海外で生産して、海外で販売して儲けても、日本の雇用は増えず、日本人は豊かになれない。しかし日本は人口が増えず、需要は伸びない。また社会保障が十分でなく将来の生活不安を抱えるために消費が活発でなく、需要が増えないから企業の投資意欲も低いという悪循環にあるから、企業が需要を外に求めるのは仕方がないし、そうしなければ生き残れない。

■ただそこでも、すでに海外で顕在化しているニーズに応えるだけの海外進出では、ローカル企業との差別化が難しいので上手く行かないだろう。日本で需要を開拓して評価されたものを、海外に需要と一体で輸出する形が必要だ。国内である程度成功していないと、海外での成功も難しいと言うことだろう。やはり国内でも市場を開拓できる力、需要をつくる力、魅力ある商品やサービスを創造する力が必要ということだ。

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■以下、主な主張を引用する。

●日本の相対的貧困率は毎年じわじわと悪化を続けている。平均年収の減少や非正規雇用・一人親世帯の増加が貧困率を高めている。日本人が貧しさを感じずに済んでいるのは、バブルの頃の蓄えと借金によるばら撒きに加えて、円高に助けられている部分が大きい。1ドル80円が160円になれば、グローバルレベルでは日本人の平均年収400万円が200万円になり、日本は一気に世界の中で「貧しい国」へ転落する。・・・いまの日本人は「身の丈の倍の生活」をしているという事実をまったくわかっていない。

●日本のバブルがはじけて以降の20年間、米国もEUもアジアも経済成長しているのに対し、日本だけが横ばいを続けており、取り残されている。・・・20年前に金持ちだった日本は、いまではせいぜい「中の下」にすぎない。しかしそこで暮らしている日本人は、相変わらず、自分たちは「上の上」だと勘違いしたままである。・・・このままいけば日本は、三等国になり下がり、国民は貧乏に喘ぐことになる。

●当たり前のことだが、経済が成長しなければ、税収などの歳入も減少する。そうなれば、国は歳出を絞らざるを得ない。福祉予算は削られ、公共サービスの質も落ちるかもしれないが、成長していないのだから仕方がない。・・・ところがこの国は、・・国債を発行し、予算規模を拡大していった。国民が経済成長をめざしてあくせく働く代わりに、国家が目下の状況をなるべき維持する、痛みを伴わないやり方をした。

●政治家も官僚も三流どころか四流。1千兆円を超える累積債務がありながら、なお税収の二倍の歳出予算を組んでいる。財政破綻の被害者は国民。入量出制の基本を忘れ、未来の国民が声を持たないのをいいことに、莫大な借金を直接給付という名のもと、国民にばらまいた。無駄の削減をせずに、消費増税するのは延命策にすぎない。自民党の国土強靱化基本法案は常軌を逸している。この国の政治家は言いたいことだけ言って、それが実現できなくても、全く責任をとらない。「消えた年金問題」しかり、「福島第一原発事故」しかり。・・・橋下徹氏の類希なる実行力に期待したい。

●米ハーバード大学のアルベルト・アレシナ教授によれば、財政再建には財政支出を拡大して景気を拡大させるケインズ的な政策より、歳出を削減するいわゆる緊縮財政の方が、効果が高いという。・・・政府が財政を引き締めると、これで将来、より大きな痛みを伴う財政再建を行わなくて済むと国民が安心し、消費が拡大することを、理由の一つに挙げている。・・・キャメロン首相は命を賭して緊縮による財政再建に取り組んだ。・・・国民に甘い顔をしているうちに国がつぶれてしまったら、その後には緊縮財政どころではない痛みが待っている。

●不況であろうとなかろうと、借りた金は返すのが商売の鉄則。本来、市場から退場を促されている企業に対して、借金は返さなくても良い、国が最後まで面倒を見る、というのは社会主義国そのものである。・・・「資本主義の精神」を忘れていく中でこの国にはいつの間にか、お金は稼ぐものではなく、貰うもの、という意識が蔓延してしまった。・・・あそこにお金があるからこちらにもってきて、不足分を穴埋めしよう、足りない人に分けて凸凹を均そうとの発想は、稼ぐ力のある企業や個人を日本から追い出してしまう。

●日本から「資本主義の精神」が無くなった象徴が「人材がサラリーマン化してしまった」ということだ。・・・エネルギーのベクトルは社会を変えるのではなく、居心地のいい現在の状態を出来るだけ温存する方向に傾いていく。…サラリーマンも官僚も「身分」を手にしたと思っている。・・・海外の管理者階級、いわゆるホワイトカラーたちは、自分たちが会社の一部とは、絶対に考えていない。自らは独立した事業者で、会社と対等の契約を結んでいるという認識である

●「日本人は頭がいい」は過去の話で、「情報格差」が解消されていくとともに、日本とアジア諸国を隔てていた「教育格差」も、ほとんどなくなっている。日本の大学の世界ランキングも、アメリカへの留学生の数も落ちている。収益性の高い企業ランキングでも、日本は中国・韓国・インドに負けている。

●日本には世界が垂涎する「技術」があるというのも過去の話。技術自体がどんどんコモディティ化する中で、各国のメーカーはそれぞれの商品に最適な技術を世界中から集積する「水平分業型」の事業モデルをとっている。今の日本で誇れるのは「町工場」の職人技だけだ。

●しかし重要なのは「職人気質」ではなく「商人気質」とでも言うべきもの。技術志向ではなく、どういう技術をどのような形で製品に組み込めば、顧客の生活の質を高められるかという発想が必要である。・・・成長を否定するような国家からは世界を驚かせ、新しい価値を生み出すイノベーションは絶対に生まれてこない。

●今日本に必要なことは、日本人だけの箱庭をやめてオープンソサエティーに移行すること。純粋培養では、世界で戦える人材は絶対に育たない。アメリカやヨーロッパはもとより、中国やASEANにしても、成長している国は国外からどんどん優秀な人材を受け入れている。

●日本人の強みは、勤勉で努力を惜しまない、仕事に対する責任感、高いサービス精神、謙虚に学ぶ姿勢などである。・・・・全体のために個を調和させる東洋的価値観が、世界的に注目されている。西洋的価値観では、個々人の関係はあくまでも契約に基づくもので、感情よりも理性が優先される。あまりにそれが行き過ぎると、とかく利益を最優先する考えに陥りがち。

●不朽の名著『失敗の本質』をものした野中郁次郎氏にお目にかかったとき、太平洋戦争の敗戦も、バブル期以降の日本の衰退も、その本質は似ている、という話をされた。目の前にある現実を視ないで、過去の成功体験にとらわれて変化を嫌う。論理よりも情緒を優先し、観念論に走るといった特性は、時に取り返しのつかない結果を招く。

●失われた20年の教訓。それはみんなが評論家になってしまったこと。傍観者ばかりで当事者がいなければ、状況は何も変わらない。・・・何をどうすればいいかは、教えてもらうのではなく、自分に問いかけ、自分で答えを出す。それが自立した人間。そうした人間たちが集まって、強い国ができる。

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