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2013年3月

2013年3月31日 (日)

会社生活に終止符

  29日をもって、とうとう42年間という長い会社生活に終止符を打った。もう会社へ行く必要がないことによる喪失感も寂しさもない。これからは何をしても自由なのだがあまりその解放感も感動もない。

 おそらく週3日勤務という半舷上陸の勤務形態を1年間とったことで、意識はすでに半分リタイアしていたし、自由の良さも味わっていたからだろう。ソフトランディングが成功したともいえるが、会社を離れた寂しさはこれからジワジワと湧いてくるのかもしれない。

 仕事がなくなればストレスが無くなるかわりに、顧客との緊張の中でなし遂げた達成感、自己充実感、成長する喜びや社会貢献の満足感や仲間と共感の喜びが無くなる。さらには、自分のもてる知力・感性力・体力を駆使することでそれらすべてが鍛えられる。自分は仕事を通じてそういう充実感を享受してきたのだ。自分は恵まれた仕事に就いていたことを感謝しなければならないと思う。仕事は苦しいこともあるが、人間を成長させる素晴らしいものなのだ。仕事は総合的に人間の求めるものを満たしてくれるのだ。

 知人が、引退するのは早いしもったいないと仕事を紹介して下さった。営業的な仕事だった。技術屋の自分にとってはあまり楽しい仕事ではないから、丁重にお断りした。今後、仕事をするにしても、お金のためではなく充実感が目的だから、自分の経験が生かせて社会貢献できる仕事がいい。そんな虫のいい仕事が簡単に見つからないことも分かっているが、面白くなくて辛い仕事だったら、やらない方がいい。

 自分で起業してそのような仕事を創ればいいのだが、リスクを冒して今まで溜めたお金を起業に使う勇気はない。今までの経験を活かせて、自由度があってそれほどストレスが溜まらない仕事は、お金にはつながらないボランティアなのかも知れない。やはりお金を稼ぐとなると、厳しい制約条件と重い責任が懸ってくるということだ。

 仕事に代わる充実感のあるものをこの1,2年探してきたのだが、一つで全てを満たすものは仕事以外にない。学問や芸術やスポーツにも深い世界があり、それを追求すれば充実感が得られるのだが、知力・感性力・体力を総合的に鍛えるには、どれか一つを仕事にするしかない。それは今さら難しいから、結局は趣味として、学問・芸術・スポーツのすべてを浅く広くやるしかない。出来るだけ好きなことに努力して少しでも進歩と成長を感じたら満足する。

 やりたいことはいっぱいあって興味はつきない。学問では哲学・政治経済・建築・・・、芸術では絵画・書道・建築・音楽・文学・映画・・・、スポーツでは太極拳・ゴルフ・ウォーキング・・・、その他に英語も中国語も料理もやりたい。なかなか絞れないから、結局みんな中途半端になる。しかし、仕事ではないから楽しめればいいと割り切ることにする。楽しむためには、努力が必要だからのんびりテレビを観ている暇はない。変な話だが、忙しくなりそうだ。

 今月は、いろいろと忙しかった。身の回りを少しずつ片付け、少しずつ家に運んだ。要らない資料を捨てたり、役立ちそうなものは後輩を選んで手渡した。お世話になった人に挨拶した。いろんな人が個別で送別会を開いてくれた。有難い話だから、連日でも引き受けた。最後の日まで、プロポーザルの仕事をアドバイザーとして手伝っていたから退屈しなかった。

 
 会社での40年間を振り返るために履歴を整理したところ、多少のずれはあるが人生がほぼ20年の区切りで4つに分かれることに気が付いた。学校卒業して社会人になるまでの20年、就職してベテランとして活躍するまでの20年、ベテランとして後輩を指導する20年。そしてこれからは仕事から解放されて自由を楽しむ20年。起承転結の結論部分にしたいと思う。

 家族からの「長い間、お疲れ様。ありがとう」という言葉が嬉しかった。

 

2013年3月26日 (火)

「日本破滅論」を読む

「日本破滅論」藤井聡+中野剛志(文春新書)2012

 「日本破滅論」は、巷に溢れている財政破綻論とかハイパーインフレ論ではない。むしろそれらをインフレ恐怖症で現場の変化に対応できないマニュアル化したマクド経済学として退ける。そして小泉政権以降、日本政府がとり続けている弱肉強食をめざす新自由主義の金融政策がデフレ化の元凶だと捉え批判している。さらにそれらの思想の根底にある国民軽視の思想を批判している。

 新自由主義は、経済への政府の関与を小さくし規制緩和により民間に自由を与えて経済を市場原理に委ねるようとする思想だ。経済活動の活性化を優先するため、企業と富裕層を優遇する。その結果、不平等を是認しするので貧富の格差が拡大する。貿易・金融の自由化とグローバル化を推進するので、資本家や海外進出や輸出企業には利益をもたらすが、国内は失業と労働者の低賃金化をもたらしデフレが進む。これは本来、供給不足対策、インフレによる不景気の対策だから、デフレの日本に適用した結果、デフレはますますひどくなったという。

 従って二人は、「TPP」「消費増税」に対しては反対の立場を取っている。TPPはグローバル化による賃金競争でさらにデフレを進行させる。賃金を増やす方策をしないで、規制緩和して安いサービスや安い輸入品を追求しても、デフレは収まらないし、購買力が維持されないのでは消費が活性化するところまでいかない。消費増税も金融緩和による円安も庶民の生活には逆行で、需要を抑えることになる。

 藤井氏は、デフレ脱却の対策としては雇用と賃金をふやすこと、そのためには一時的に政府が借金をして公共工事を行うことが必要だとして、「列島強靭化」政策を提言し、これが安倍内閣に採用された。しかし安倍内閣は、消費増税もTPPも推進しようとしているから政策に矛盾があるという指摘にもなっている。

 新自由主義にもとづく凶暴なグローバル金融資本主義は、リーマン・ショック、欧州危機を引き起こした。それらをコントロールできる世界政府がない以上、それから庶民を守るためには、国家に頼らざるを得ないという主張が新鮮に響く。

 グローバル化を急激に進めると、各国の経済・社会・国民に余りにも大きな犠牲を強いることが分かってきた以上、自分の国の経済や社会は自分の国で守らざるを得ないのだ。そのためには、各国は適切なナショナリズム、公共の精神を取り戻し、各国の事情に応じた制度を整え、無理にグローバル・スタンダードに合わせない方がいいという主張には納得できる。

 従って、国民は伝統や物語を共有し一つになる必要があるという主張も理解はできるのだが、著者は触れていないものの、安倍首相が進める天皇元首制や国防軍創設等の憲法改正については慎重でありたいと思う。

 しかしこの本の真骨頂は、経済学批判でありその根底にある人間観批判である。
 現在の経済学は、人間・社会を自然科学の対象のように観察し理論化して法則のように絶対視している。しかし社会は人間の意思や意図や気分が複雑に絡み合い、全体のシステムに影響を与える。一面は物理的な面もあるが、人間の意思で変えられる面もある。

 本来、経済とは経世済民であり「世をおさめ、民をすくう」ことだ。経済学は、原点に帰って、GDPではとらえきれない広い意味での経済を追求すべきであり、諸学問を俯瞰しながら総合的に経済政策を練り上げていく本当のマクロ経済社会学を目指すべきだという。

 そして、人間はエコノミック・アニマルではないから、金以外の精神的な豊かさや福利を目指すべきであり、豊かな国土や文化、美しい自然や活力ある地域社会、深い人間関係や絆を追求すべきだ。また人間が部品のように扱われず、仲間と絆をもって仕事にやりがいを感じて働けるようにすべきだ。そして企業は短期的な利益の拡大ではなく、社会貢献を重視して活動すべきだ。そうすれば、結果的に経済も企業の業績も社会も良くなる、と主張するのである。そんなに簡単ではないと思うが、浮ついた現在の社会状況の中で、全ての日本人がもう一度考えるべき基本的なことだと思う。

 さらに、今日本人全体が物事を長期的に考えられず、私利私欲に走る非本来的な人間=大衆になっていることを批判している。多数者や強い者になびき勝ち負けにこだわる。権威の古いパラダイムやメディアに洗脳された思想を自分の考えのように主張し、議論はせず意見を変えない。拙速に処方箋を求め、政治家の人格や志を評価せず結果責任ばかりを問うから、政治家もポピュリズムに陥る。

 議論することが政治の本質なのに、議論せずに初めに結論ありきで相手を言い負かす橋下氏が、退屈している大衆に受けると、政治家までが歩み寄るのがいい例だ。政治家にとどまらず、官僚・企業家・学者まで大衆化しているというのだが、全くその通りだと思う。

 多数者のいじめや専制に屈し、日本人が陥りがちな「言っても無駄」という小賢しさや抵抗しない弱さ・自己欺瞞のずるさで沈黙することがファシズムを支えるとの考えに基づき、本来的な国民民主主義を実現すべく愚直な姿勢でに立ち返り、いうべきことを言い続ける少数派でありたいという著者の姿勢に敬意を表したい。

 金や票に左右されないで、多数派からどんなに叩かれても正しいことを言える人たちを確保することは、民主主義を守る上で必要なことだ。それが、司法制度、官僚制度、大学制度であり、税金で守られている制度なのだと考え、二人は学者・官僚として、志を持って自分の使命を全うしようとしている。

 「50億年後には日本はおろか地球も破滅する」という科学的事実を受け入れて諦観し、私利私欲を離れて大きく深い「観」の目で社会を見れば、日本を破滅させる様々な動きが見えてくる。その破滅を少しでも遅らせたいというのが、「日本破滅論」に込められた意味だった。

関連記事:

アメリカとの決別:http://mickeyduck.cocolog-nifty.com/blog/2012/09/post-141d.html

2013年3月 2日 (土)

2013年2月の読書メーター

2013年2月の読書メーター
読んだ本の数:5冊
読んだページ数:1528ページ
ナイス数:93ナイス
http://book.akahoshitakuya.com/u/195601/matome?invite_id=195601

■誰とでも 15分以上 会話がとぎれない!話し方 66のルール
人は自分を受け入れてくれる人にしか心を開かず、心を開かない限り滑らかな会話は成立しないと言うことが良く分かった。先ずは相手がどういう気持ちなのかを考え、それを受け入れる=共感するところからすべてが始まる。質問は相手の話したい方向をずらすことがあるので要注意だとか、沈黙が訪れても焦って無理に話し続けると相手も落ち着かないので、ゆったりと休憩することも必要だというのは納得。要するに会話も「思いやりが大切」ということ。
読了日:2月25日 著者:野口 敏
http://book.akahoshitakuya.com/cmt/26461961

■abさんご
文芸春秋で読んだ。途中で何度も放り投げたい気分だったが、何とか読んだ。著者が昔体験したと思われる家や家族の断片的な思い出のシーンを、脈絡なく細かく描写しているのだが、表現方法が特異だ。持って回った言い回し、回りくどい長い文章。単語を知らない外国人が何かを一生懸命伝えようとしているかのような文章。そんな言い回しは何のためなのか。選評では、大和言葉や音の響きの美しさ、洗練された作品、編み込んだコトバの綾の鑑賞だのと評価している。長い詩だと思えばいいのかもしれないが、何を言いたいのか良く分からなかった。
読了日:2月23日 著者:黒田 夏子
http://book.akahoshitakuya.com/cmt/26403233

■楊令伝 14 星歳の章
李英が斉国で最後に取った行動には意表を突かれた。李媛も青蓮寺に襲われたが、戴宗が身を挺して二人の仇を取った。「敵の一人でも倒して死にたい」男たちがまた消えた。意識せずして国の礎となっているのだと思う。自由市場は梁山泊の枠を超え斉国や南宋に広がった。南宋は「自由市場は帝が統治する国の否定だ」として劉光世、張俊、岳飛の軍を梁山泊に向けた。久し振りの総力戦にワクワクしたが、結局ここでも、郭盛の捨て身が活きた。死ぬことが出来なかった史進が寂しそうだ。自由市場が楊令の想像を越え梁山泊の天下を造るのだろうか?
読了日:2月21日 著者:北方 謙三
http://book.akahoshitakuya.com/cmt/26340255

■バカに民主主義は無理なのか? (光文社新書)
著者は、「自分ならびに他者の権利」を保つためには、民主制しかないと考える。永遠に「参加」を求める面倒なシステムだが、それを嫌がると支配と服従が待っている。バカが選ぶ、バカな政治家だから、常に注視していないとバカなことを始めるという前提。日本では特に、原子力ムラや教育ムラのように、ムラビトは公正さよりも身内への友愛を重んじて不都合な真実を隠蔽するので、モラルではなく情報システムの整備によって事実を公開させ、事実に基づく科学的な思考をして、問題の原因と責任を明確にすることが必須だと説く。全く同感だ。
読了日:2月12日 著者:長山 靖生
http://book.akahoshitakuya.com/cmt/26082951

■海辺のカフカ (下) (新潮文庫)
父親から逃げたカフカは結局、父親にかけられた呪いを終わらせようと予言を実行してしまう。しかし呪いは解けずより濃いものとなるが、最後には自分の中にある恐怖と怒りを乗り越えない限り、自分を捨てた母親を許さない限り、自分には救いがないことを悟り、家に帰って行く。過去に執着する人間は死んでいるのと同じというメッセージ。死に彩られた現実の世界、夢の中の世界、生と死の中間にある魂の世界が入り混じった不条理な世界。その「世界はメタファーだ」と思えばいい。詩のような抽象画のような難解な印象だが心をつかんで離さない。
読了日:2月4日 著者:村上 春樹
http://book.akahoshitakuya.com/cmt/25833668

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2月の鑑賞メーター

2月の鑑賞メーター
観たビデオの数:4本
観た鑑賞時間:557分

■ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日 [Blu-ray]
パイと呼ばれる青年が遭難し、一匹のトラと漂流し、荒れる海・トラ・飢えとの戦いの中で努力と運により奇跡の生還を果たすという物語。最後に、保険会社に説明しても信じてもらえず、仕方なく作り話をするのだが、どちらが本当の話か分からなくなる。冒険物語的な面白さはあるが、何やら出来過ぎていて余り感動的とは言えない。ツイッターで町山智浩氏が「漂流は精神的な旅のメタファー」だという米国での一般的解釈を紹介している。トラは、無人島は何を意味するのか考えると面白い。穏やかな海のシーンはとても美しく素晴らしかった。
鑑賞日:02月28日 監督:
http://video.akahoshitakuya.com/cmt/2127068

■RAILWAYS [レイルウェイズ] [DVD]
東京の大手メーカーのポストを捨てて故郷の電鉄会社に再就職し、49歳で電車の運転手になった男の話。東京では常に仕事でイライラしていた主人公が、子供の頃からの夢を実現し生き生きした姿に変貌すると、見ている方も嬉しくなる。全体に「やりたいことをやらないと後悔する」という主題が貫かれ、娘や同期入社の青年も主人公がアドバイスしてそれぞれの道を見つける。好きなことを別々の場所でやりながら夫婦関係や親子関係が成立するのかという難問には、中途半端な答えしか出していないが、いい映画だった。
鑑賞日:02月18日 監督:錦織良成
http://video.akahoshitakuya.com/cmt/2098351

■ALWAYS 三丁目の夕日'64 DVD通常版
東京オリンピックが開かれた昭和39年は、日本が戦後の復興から高度成長に向けて走り出した時代。三丁目はまだ、家族もご近所も会社も人間関係が暖かく幸せに満ちていた。「幸せとは、お金儲けでも出世でもなく、人に喜んでもらうこと」という宅間先生の言葉が、今の日本へのアンチテーゼとなっている。映画としては、漫画的なオーバーな表現が全体の質を下げている気がする。六ちゃんが社長の家族のようになるのはいいが、故郷の親を無視するのはやはり変だ。
鑑賞日:02月17日 監督:山崎貴
http://video.akahoshitakuya.com/cmt/2094794

■マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙 コレクターズ・エディション [DVD]
「鉄の女」と呼ばれた英国のサッチャー首相の半生を描いた映画。彼女が認知症になっている様子を描く所から始まることに先ず驚かされた。英国経済を建て直した首相としてリスペクトしているわけではなく、さりとて労働組合を抑圧した首相として批判しているわけでもない。国家のために強く生きる女性としてだけでなく、夫や子供への愛情を持った女性としても描かれている。要するに、彼女のありのままの生き様がドラマチックなのだ。その凄まじい変貌ぶりをメリル・ストリープが見事に演じている。だが今一つ心を揺さぶるような何かが欠けている。
鑑賞日:02月13日 監督:フィリダ・ロイド
http://video.akahoshitakuya.com/cmt/2083111


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