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2013年8月

2013年8月31日 (土)

「憲法九条の軍事戦略」を読む

 松竹伸幸氏の「憲法九条の軍事戦略」2013(平凡社新書)を読んだ。
この本を読むことにより、かなり頭の中を整理することができた。紹介してくれた読友さんに感謝したい。具体的な軍事戦略については分からない部分も多いが、米国の軍事戦略に、強い不安と不満を抱く自分にとっては、その基本的な考え方に共感する部分が多かった。

 著者が言うように、「米国の言うことを聞けないのならば、米国は日本の安全を保障しない。それでもいいのか。」という米国の威嚇に日本が屈している限り、日本は主権無き国家だ。憲法で集団的自衛権が行使可能となれば、国連憲章を無視する米国のすべての戦争に巻き込まれて行く。日本が主権を取り戻し、憲法九条の精神を守りながらも中国や北朝鮮の脅威に対応するには、日米安保条約の抑止力に依存しない専守防衛に徹した独自の軍事戦略を持つしかないという著者の意見は傾聴に値する。これを政策として掲げる政党がなく憲法改正が着々と進むのが怖い。

 改めて政府自民党が進めようとしている憲法改正の本丸ともいえる九条をこの機会に改めて見ておきたい。現行憲法は次のようなものだ。

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    第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動    たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、  永久にこれを放棄する。

   2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交  戦権は、これを認めない。

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 それに対し自民党の改正案は、次のようになっている。

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  第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動  としての戦争を放棄し、武力による威嚇及び武力の行使は、国際紛争を解決する手段  としては用いない。

  2 前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない。

  第九条の二 我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理  大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する。

  2 国防軍は、前項の規定による任務を遂行する際は、法律の定めるところにより、  国会の承認その他の統制に服する。

  3 国防軍は、第一項に規定する任務を遂行するための活動のほか、法律の定めると  ころにより、国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活   動及び公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うこ   とができる。

  4 前二項に定めるもののほか、国防軍の組織、統制及び機密の保持に関する事項は   、法律で定める。

  5 国防軍に属する軍人その他の公務員がその職務の実施に伴う罪又は国防軍の機密  に関する罪を犯した場合の裁判を行うため、法律の定めるところにより、国防軍に   審判所を置く。この場合においては、被告人が裁判所へ上訴する権利は、保障され   なければならない。

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 自民党の改正案では、戦争は放棄するが、武力による威嚇・武力の行使は「国際紛争を解決する手段としては用いない」が、その他の場合には武力行使も可能としている。その他の場合とは、自民党のQ&Aによれば、自衛権行使と国際機関による制裁の場合である。また第2項は完全に削除することで戦力の保持・国の交戦権を可能とし、さらに「第1項の規定は自衛権の発動を妨げるものではない」として、集団的自衛権の行使可能性を盛り込んだ。集団自衛権とは同盟国が武力攻撃を受けた時、その国を助けるために軍事行動を行う権利である。 さらに九条の2を追加して、国防軍は自衛や国際機関による制裁のほかに、「国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動」のために武力行使が出来るとしている点が要注意である。

 集団自衛権については、日本が攻撃された時に米国に助けてもらうのに、米国が攻撃された時に日本が助けないのは、明らかにおかしいというのが政府自民党の主張である。それは国際法や国連憲章が、どの国に対しても認めていることだから、それが憲法の制約で出来ないのであればそれは憲法がおかしい。日本は憲法を改正して『普通の国』になるべきだと、一般論としてはごく当たり前の主張だ。しかし、この主張が当たり前のことと言えるには、日本と米国に関わる二つの前提が必要だ。

 一つは米国と日本が対等な同盟関係にあり、米国の戦略が間違っていると日本が考えた時にはNOが言えること。もう一つは米国が、国際法や国連憲章を守る国であり侵略戦争をしない国であることだ。ところがこの前提条件は二つとも満たされていないように思われる。

 先ず二つ目の条件を見てみる。米国は自国が攻撃されていなくても、他国が脅威にさらされていると自ら判断すれば、国連の決議は無視して他国を武力攻撃する国である。世界一の軍事力を背景に、自分たちの判断が絶対に正しく、常に「国際社会の平和と安全を確保するため」という大義を掲げて、覇権を拡大し続けている国である。国連安保理が支持しなかったイラク戦争が良い例だ。結局、攻撃の根拠となった大量破壊兵器は見つからず、しかも裏で米国の石油メジャーのために同盟国である仏独の石油利権を奪おうと画策していたことが発覚した。どんな場合でも、軍事戦略の裏には必ず経済戦略があると考えた方が良い。

 にも拘らず、小泉政権は他国に先駆けてイラク戦争を支持した。日本は「米国の戦争はすべて正しい」という思考停止に陥っている主権放棄の国だ。同盟関係というより、支配従属関係であり、これは未だ戦勝国による敗戦国の支配が継続しているという事でもある。北大西洋条約機構(NATO)における米国と欧州諸国との関係とは全く異なる。彼らは主権を持った独立国として米国に対してはっきりとモノが言えるし、常に軍事行動を共にするわけではない。

 松竹氏によれば、日米安保条約は元々ソ連や中国を意識した米国のアジア太平洋戦略の拠点確保のための条約であり、日本防衛のためでも何でもない。そもそも自衛隊の設立・拡大・保有兵器の内容まで米国のアジア太平洋戦略に沿ったもので日本が自主的に進めたものではないという。集団的自衛権の行使も憲法改正も、経済力の落ちた米国が軍事力を日本に肩代わりをさせようとする戦略から日本政府に要求してきているものだ。

 二つの前提条件が満たされないままに、憲法改正を行えば、日本は米国の従属国として米国のすべての戦争に巻き込まれ、世界の多くの国を敵に回すことになる。海外派兵で他国の国民に銃口を向け、また血を流すだけでなく、さらには日本を攻撃対象に導くことになる。日本は憲法改正を進める前に、自国の軍事戦略を明確にし、日米安保を見直し、米国にはっきりモノが言える国にならねばならないと思う。

 安倍政権にそれができるのだろうか?戦後レジュームからの脱却と称し、一見、米国から与えられた憲法を見直し日本の主権回復をめざすような物言いに騙されるが、米国従属の姿勢は少しも変わっていない。むしろ集団的自衛権を行使すると言って米国のご機嫌伺いをしているようにしか見えない。

松竹氏のいう「憲法九条の軍事戦略」は、次の3本柱からなる。
①「専守防衛」を本来の意味へもどす(:安保抑止力を放棄し自衛に徹する)
②主権の維持と協調を両立させる(:緊張を生むのでなく衝突を回避する)
③将来的には軍事力を必要としない世界をめざす(:まずはアジアの安定を安保以外でめざす)

 松竹氏が教えてくれたのは、「抑止力へのこだわりを捨て、自衛にこだわる」という考え方である。侵略されたら自衛隊が反撃して侵略を押しとどめるのが、専守防衛=自衛であり、相手国に戦略攻撃を仕掛け都市や市民に耐えがたい損害を与える核兵器等の軍事力を保有することで侵略を防ぐのが抑止力である。日本は攻撃用の軍事力を持たないが故に、米国と同盟を結んで米国の抑止力に期待しているわけである。

 そこには攻撃用の軍事力を持たない限り、侵略される危険や政治的圧力に負ける危険があるという考え方がある。それは裏返せば、軍事力で世界の覇権をめざすという戦前の日本の戦略と現在の米国の戦略に相通ずるもの考え方だという。しかし、攻撃用の軍事力は抑止力にならず、軍事力拡大競争と緊張関係の増大の悪循環に陥ると松竹氏はいう。

 大戦の教訓を踏まえ、国連憲章はじめ国際法が容認する軍事戦略の在り方は、どうしたら自衛の範囲に留めるかという方向に変換しようとしてきた。にも拘らず、日本の支配層は軍事力による抑止戦略に固執しており、それが米国依存の元になっているという。

 松竹氏によれば、国際法上、自衛の範囲を超える反撃は許されていないという。国連憲章は更に自衛権を制約しており、自衛権発動は、武力攻撃が発生した場合と明確化し、安保理が必要な措置を取るまでで、安保理への報告が必要としている。抑止力は、国際法における自衛権の要件に違反するものである。国連が取る国際紛争解決の手段は、参加国で構成される国連軍による集団安全保障体制である。日本は、国連憲章を・国際法を順守すべきだし、九条があったが故に率先してそれを実践してきた。

 但し、国際法・国連憲章には、九条のような「戦力や装備の制限」と「集団的自衛権の制限」はない。日本憲法は戦争放棄を宣言しているが、自衛権を否定していないと解釈されている。そして(攻撃)戦力はもてないから、自衛権を担保する最小限の実力組織は認められると解釈されてきた。これが日本の無制限な戦力保持を防いできたのだ。日本は戦争のない世界を築く上で、国連の先を行っていると考えるべきだ。それを米国の言いなりになって、後退させるべきではない。

 武器輸出三原則や自衛隊が海外で殺傷行為をしないという原則があるからこそ、日本は紛争国の間に入って武器保有低減交渉や利害調整に一役買うこともできているのだという。その路線を進めるべきだしそのためにも、日本は米国従属でない憲法九条の軍事戦略を明確にし、国民だけでなく世界に発信することで、多くの国を味方につける、米国の国民にも味方になってもらうことが必要だと思う。

 しかし、最初に書いたように、このような政策を検討する政党はなくましてや政権もなく、現実に安倍政権が着々と憲法改正に向けて準備を進めており、絶望的な状況なのだ。さらには現憲法でも集団的自衛権の発動は可能だという解釈を引き出すよう首相は指示したらしい。
 米国はまたもや国連安保理を無視し証拠押さえも不十分なまま、シリアへの武力攻撃を開始しようとしている。嫌な流れだ。

2013年8月15日 (木)

福祉国家が抱える問題

 14日の朝日新聞の朝刊で、”北欧の若者、職なき怒り”という見出しの記事を読んだ。5月上旬に、ストックホルム北部の町で、失業している移民の若者が起こした暴動についての記事だ。英仏と違い、移民社会とうまく共存する平和な福祉国家とのイメージがあったが、ロイター通信は「北欧モデルの醜い一面があらわれた」と報じたという。なぜこんなことが起きたのか。

 北欧モデルとは、充実した生活保障と解雇しやすい制度による企業の自由競争支援の社会である。倒産や解雇が頻発するが、政府は失業者への職業紹介や教育訓練を充実してきた。金融危機後の不況にあっても、国費を投じて斜陽産業を保護せずに、ITなど生産性の高い産業にに労働力を移したり、起業を促したりしてきた。この過程で不利な立場に置かれたのが、経験が少ない学歴の高くない若者、とりわけ移民の家系の若者だった。移民向けの同化政策はとられていたものの、少ない就職口をめぐっては移民系が差別を受けたのだ。不況で税収が落ちれば生活保障も薄くなる。暴動の起きた町は、移民系が多く、若年失業率は約4割だったという。

 北欧の福祉国家モデルの方が、米英仏や日本が採用している新自由主義の弱者切り捨ての経済政策よりはましだと感じていた自分にとっては、いささかショックな話だった。良く考えれば当然だが、福祉国家も所詮、不況では成立しないということだ。経済が国内で完結していない以上、世界経済の影響を受けないわけにはいかない。金融危機の影響も新興国の安い製品との競争も入り込んでくる。しかも厚い社会保障のため、企業の税負担は重い。企業が資本の論理を超えた愛国精神でも持っていない限り、企業は海外に出て行ってしまうだろう。

 さらに、ここには移民の問題が絡んでいる。スウェーデンの移民人口比率は15.1%と、欧米諸国の12~13%より高く、他の北欧諸国よりも高い(ノルウェー12.4%、デンマーク7.9%、フィンランド4.9%)。ちなみに日本は、1.1%と低く移民は基本的に受け入れていない。好況時に労働力不足のために歓迎された移民たちも、不況になると差別を受け真っ先に解雇されるのだ。いくら国が同化政策をとっていても、企業は移民系の人たちを自国民とは扱わないだろうし、高い税金を移民系の人たちのために使って欲しくないと考えるだろう。

 では、新自由主義国家の方が良いかというとそうではない。暴動こそ起こってはいないものの、社会保障が薄い分、貧困層がどんどん拡大し、切り捨てられている。その実態は、堤未果「ルポ 貧困大国アメリカ」の中で克明に描かれている。そこでも移民系の人たちは、生存の危機に陥り、やむなく軍隊入りして非人間的な戦争ビジネスを支えている。

 アメリカの後を追っている日本でも、新自由主義政策がとられて以降、労働者の1/3が正社員ではない貧困層が生まれてしまった。そして正社員たちとの差別に苦しんでいる。移民はいないが、この貧困層の中から、「希望は戦争」ということまで言いだす若者が生まれてきている。他国の移民貧困層と比べて日本の貧困層がまだ救われるのは、同じ日本語を話し、日本文化を理解し、国に対する愛着が多少でも残っていることだろうか。しかしそんなことを、言っていられる時間は短いのかも知れない。

2013年8月 7日 (水)

ブログ「『憲法九条の軍事戦略』(平凡社新書)メモ」を読む

私のブログ「講演『米・中・ロシアの狭間―日本の立ち位置』」を聞いて」
 http://mickeyduck.cocolog-nifty.com/blog/2013/07/post-3c71.html
に対して、tu-taさんからコメントで、ご自身のブログの関連記事を紹介された。

 ブログ”今日、考えたこと”「『憲法九条の軍事戦略』(平凡社新書)メモ」
   http://tu-ta.at.webry.info/201307/article_4.html

読まして頂いた後、tu-taさんにお返ししたコメントをそのまま載せる。
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 tu-taさん、ブログを読ませて頂きました。緻密な論考に感銘を受けました。目指している基本的な方向は、近いのではないかと感じました。これからも色々読ませて頂き、勉強させて頂きたいと思います。

 先ずは、 ”憲法の前文や9条の精神を本気で実現するためのロードマップが考えられなければならない”という意見に基本的に賛同します。

 しかし、現実に中国や北朝鮮の脅威があり、自衛隊と日米安保(米国の核の傘)が抑止力になっています。現時点では、非武装中立は説得力がありません。従って九条の精神を守りつつ、過渡的に専守防衛を確保するという考え方に大変興味があります。ただ、紹介されているような自衛隊の海外派遣等の積極的な軍事活動が専守防衛とどう繋がるのか良く分かりません。兎に角、松竹さんの本を一度読んでみようと思います。

 さらに、日本は日米地位協定が示すように米国に属国として扱われている現実もあります。政治家も官僚も国民の方より米国政府の方を向いているので、外交力は必要ではありませんでした。この対米従属の姿勢は、歴史的経緯もあるでしょうが、最終的には米国への軍事的な依存から来るのではないかと私は思います。従って経済的にも米国の要求を日本は最終的に飲まざるを得ない立場です。tu-taさんが、おっしゃるように「米国は距離を置くことを許さない」怖ろしい国だと思います。

 軍事大国である米国には、それで食べている人間が膨大にいますから、金をすぐ払うお人好しの日本を手放したくない。また緊張を高めるために常に一定の戦争を行う必要がある、そんな好戦国と同盟を結んでいるということは、安倍政権が進めようとしている集団自衛権が遂行可能になれば、その米国の戦争の大義を日本が認めようが認めまいが巻き込まれることになるわけです。日本人は良く知らないだけで、米国とともに闘う覚悟があるとはとても思えません。米国が、今、尖閣問題を有事にしたくないのと同じことです。
 
 日本が、軍事的に自立しないと、米国と対等にモノが言えないというのは大変悲しいことです。しかし、日本は米国に匹敵する外交力を持っているわけでもなく、匹敵する軍事力を今から持てるわけでもありませんから、私にはどう解決したらいいのか全くわかりません。まして理想とする世界の非軍事化への道のりは絶望的です。

 それでも、tu-taさんがおっしゃるように、「変えようという意思がなくなったら変わらない」のですから、諦めてはならないと言うのは分かります。今はまだ答えが分かりませんが、どうすればいいのか、ゴールとロードマップを明確にし、賛同者を増やして行くしかないでしょう。メディアの役割が大きいと思いますが、マスメディアは政府の意向に沿う事しか報道しませんから役に立ちません。

 米国政府や米国の人々が本当は何を考えているのか、マスメディアはほとんど報道しませんから良く分かりませんが、中国や日本に対する米国のスタンスは刻々と変化しているように思います。米国にとっても中国は経済的には市場として無視できなくなっていますから、本音では余り敵対したくない。だから日本に対して尖閣については中国と話し合えと言うのでしょう。いずれにしても、常に変化している世界の現実を見極めながら、日本の取るべき道を考えるしかないと思います。

 長くなりましたが、以上がこの問題に関して私の感じている答えの見つからないジレンマです。tu-taさんのブログの続きをぜひ読ませて下さい。

2013年8月 2日 (金)

2013年7月の読書メーター

2013年7月の読書メーター
読んだ本の数:5冊
読んだページ数:1728ページ
ナイス数:84ナイス

かたちの日本美―和のデザイン学 (NHKブックス)かたちの日本美―和のデザイン学 (NHKブックス)感想
浮世絵が印象派の画家たちに大きな影響を与えたことは有名だが、日本美術全体が19世紀の西欧に衝撃を与え、バウハウスを経て現代のグローバルなデザインの基礎になった、と著者はいう。「和のデザイン」は元々庶民の生活を豊かにするものであり、その造形原理は日本の豊かな自然に根差すダイナミックで変化に富んだものだったからだ。伝統的な日本人の美意識・自然観・ライフスタイルは、現代の「クール・ジャパン」につながっているだけでなく、環境重視の時代の世界をリードすると説く。やや出来過ぎの感があるが、勇気づけられる本である。
読了日:7月31日 著者:三井 秀樹
終わらざる夏 下終わらざる夏 下感想
下巻になって、この小説のテーマが明確になった。主人公は片岡でも三人でもなく、士官や兵隊、一般国民、そしてソ連の兵隊含め、登場する人物すべてだった。彼ら一人一人の目線から戦争を語らせ、その理不尽さを浮かび上がらせているのだった。さらに日本の無条件降伏後のあまり良く知られていないもう一つの戦争、そしてその戦後処理の理不尽さを、我々日本人に訴えることだったようだ。読みながら涙し、読み終って静かに怒り、そして著者に感謝した。歴史的事件がここまでリアルに心に刻み込まれれば、決して忘れることはないだろう。
読了日:7月24日 著者:浅田 次郎
終わらざる夏 中 (集英社文庫 あ 36-19)終わらざる夏 中 (集英社文庫 あ 36-19)感想
主人公片岡、菊池医師、富永軍曹の三人が、北の国境の島に到着し任務が明かされるところまでが描かれる。島で三人を迎える側の様々な人物が登場し、片岡の留守宅でも事件が起こる。中巻でも、富永軍曹の存在感が強烈だ。新兵たちへの精神訓話を求められ、本音をぶちまけた。そして参謀から任務を聞かされ、戦場で地獄を見てきた兵隊たちの気持ちを怒りに震えて代弁した。著者の戦争を憎む気持ちが伝わってくる。また校閲室長に語らせている「天皇の神格化は、明治政府の欧化政策の一環」という明快な意見に、強い感銘を受けた。
読了日:7月22日 著者:浅田 次郎
終わらざる夏 上終わらざる夏 上感想
太平洋戦争下、敗色が濃くなった日本では、本土決戦準備のため何度も大動員がかけられた。そんな中に、同じ任地に向かう洋書翻訳者の片岡、医師の菊池、鬼熊こと富永軍曹の3人がいた。それぞれ職業も年齢も異なる彼らの過去の描写を通して、当時の庶民が戦争や大本営参謀たちを如何に冷ややかに見ていたかが伝わってくる。皆、親子や夫婦の別れを悲しみ、働き手を失った家族の生活を憂えている。特に鬼熊軍曹の母親に対する強い想いには心を打たれた。これから千島列島の国境の島で一体何が起こるのか、彼らの特業種が如何に活かされるのかが見もの
読了日:7月7日 著者:浅田 次郎
あの戦争は何だったのか―大人のための歴史教科書 (新潮新書)あの戦争は何だったのか―大人のための歴史教科書 (新潮新書)感想
太平洋戦争が何だったのかを史実を追って明らかにしようとした本。日露戦争の成功による軍部の増長、陸・海軍の張り合い、理念も戦略もない行動、対症療法、軍部をコントロールできない政治家、2.26の恐怖、思ったことを言えない天皇、メンツに拘る軍部エリートの失敗隠し、熱しやすく冷めやすい国民性、権力におもねるマスコミ、物量不足を精神力でカバー、玉砕主義、外交音痴、国民を切捨てる軍部、願望を事実と読み替えるなど。総括しないが故に、軍部が官僚になっただけで相変わらず同じことを繰り返している日本。日本人必読の書。
読了日:7月2日 著者:保阪 正康

読書メーター

2013年6月・7月の鑑賞メーター

2013年7月の鑑賞メーター
観たビデオの数:3本
観た鑑賞時間:252分

■Admission [DVD] [Import]
飛行機の中で日本語版を観た。プリンストン大学のAO入試の審議官の女性が主人公のコメディ。バリバリのキャリアウーマンで厳しく仕事をしていた彼女が、私情に囚われるとエコヒイキで滅茶苦茶な審議官に変貌していく様が、面白おかしくまた微笑ましく描かれている。そこまでやっていいの?というところがコメディだが、充分に楽しめる。その変貌ぶりをティナ・フェイが好演。
鑑賞日:07月22日 監督:Paul Weitz
http://video.akahoshitakuya.com/cmt/2482986

■のぼうの城 通常版 [DVD]
天下の豊臣軍・石田三成勢の2万人の大軍に屈せず、500名の兵と農民で抗戦し勝利した成田長親を描いた時代劇。一見、でくの坊でどうしようもないように見えるが、どうしてかなりの戦略家。戦うには何よりも兵や農民の一致団結と志気が大事と心得ていたのだと思う。そのとぼけぶりが実に面白かったし、萬斎の演技も見事だった。

鑑賞日:07月18日 監督:Array,樋口真嗣
http://video.akahoshitakuya.com/cmt/2474727

■華麗なるギャツビー(レオナルド・ディカプリオ主演) [DVD]
1920年代のアメリカの大富豪の豪華な生活を垣間見ることができ、それはそれで楽しめたが、ギャツビーの恋愛物語には余り感動も驚きもなかった。夜毎の派手なパーティを仕切る彼の自信に満ちた外面と、唯一の友人ニックに見せる内面の不安や弱さの対比は良く表現されていたが、昔の恋人デイジーがさほど魅力的には描かれていない気がして、感情移入できなかった。彼らの虚飾に満ちた華麗なる生活の空虚感だけが印象に残ったのだが、それがこの映画の狙いだったのか?

鑑賞日:07月07日 監督:
http://video.akahoshitakuya.com/cmt/2451941

6月の鑑賞メーター
観たビデオの数:1本
観た鑑賞時間:170分

■3 Idiots  きっとうまく行く[DVD]
インドの名門理系大学の寮で同室の男子学生3人組が引き起こす騒動を描いたもの。コメディ、ラブストーリー、アクション、ミステリーの要素が詰め込まれており、充分に楽しめた。従来のインド映画とは違って「歌と踊り」が控えめで、画面も洗練されテーマも明確。主人公ランチョーの自由な生き方は痛快そのもの。金や出世のための競争、家族のための犠牲、努力より神頼み等を否定し、後悔しない生き方、行動する勇気、友情の大切さを伝える。「きっとうまく行く」は、主人公が勇気を奮って困難に立ち向かう時の自己暗示の言葉。言葉が行動を導き人生を変える。
鑑賞日:06月16日 監督:Rajkumar Hirani
http://video.akahoshitakuya.com/cmt/2407201

▼鑑賞メーター
http://video.akahoshitakuya.com/

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お薦め本

  • 鈴木亘: 「財政危機と社会保障」
  • 波頭亮: 「成熟日本への進路」
  • 中野剛志: TPP亡国論
  • 増田悦佐: 日本と世界を揺り動かす物凄いこと
  • 古賀茂明: 日本中枢の崩壊

お薦めサイト

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