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2013年9月

2013年9月28日 (土)

「風立ちぬ」の批評を読む

 宮崎駿監督の最後の作品ということで「風立ちぬ」を期待して観た。これまでの総決算だけに技術的には素晴らしい出来栄えだった。意外性のあるアングル、ダイナミックな動き、光・風・雨・雪・川・雲などの描写力はやはり凄い。昔の日本の街並み・服装・車などもリアルで懐かしく美しい。堀越二郎の飛行機作りに掛ける情熱は技術屋として共感する。菜穂子の愛と死もほろりとさせる。全体として美しく穏やかな流れで上手くまとまっている。しかし、震災や戦争に対しても、死にゆく妻に対しても、どこか冷静で淡泊に表現されているのは、技術屋だからということなのか。何か物足りない感じがした。

 上記の感想を書いた翌日の夕刊に沢木耕太郎が「風立ちぬ」の批評をしていた(130927朝日新聞「銀の街から」)。さすがプロの評論家は違うと、この批評に大変感銘を受けた。自分が言いたかったことを適切な言葉で表現し、しかもそれがなぜかを見事に分析してくれている。

 沢木は、「これは宮崎駿の作品ではない」と断ずる。飛行機作りへの情熱と菜穂子への愛の二つの要素についてこう述べる。

 ”だが、この二つの要素は、映画の中で、有機的な融合がなされていない。問題は、  主人公が昇るべき「物語の階段」が存在していないというところにあったと思われる。”

そこが、これまでの宮崎作品との決定的な違いだというのだ。これまでの主人公たちは、
 ”意識するとしないとにかかわらず、自分自身の「物語の階段」を徐々にのぼっていっ た。彼らはその「物語の階段」を昇り降りすることで「成長」していくことになる。”
 ”二郎の前には、多少の風は吹き渡っていても、凸凹のない平原があるだけだ。険しい 山もなければ、深い谷もない。この映画には、あたかも「バリアフリー」化されてしま った室内のように「段差」が存在しないのだ。”

 ”物語の重要な転換点をすべて「夢」で語らせようとしたところに無理があったと思わ れる。「夢」は物語の決定的な「段差」を作ることはできない。”

 ”ジェット・コースターが高みを目指してゆっくり昇っていき、最高到達点から一気に 下り降りる。作品によって、昇る速度や最高到達地点は違っていても、宮崎駿の作品に はすべてにその快感があった。”

 これまでの作品にあった快感がこの作品では失われてしまったから、「子供たちが退屈する」のであり、沢木としても、この一本で終わりにするのではなく「諦めきれない快感の続き」を観させてほしいと宮崎に訴えるのだ。

 まったく同感である。自分が感じた物足りなさは、この映画の淡泊さであり、盛り上がりがないことだったが、それは沢木のいう「物語の階段」の欠如だったのだ。ついでながら、沢木は「主人公の声」が良くなかったとも言っている。感情の起伏がないためだが、これも同感だ。

 物語は面白くなくてはいけない。そのためには、目標を持った主人公が困難にぶち当たり、それを苦労して克服し、見事目標を達成すると同時に成長するという要素が必要だ。そこに人々は共感するのだということを、改めて気づかせてもらった。

2013年9月25日 (水)

もう一つのシニア・ライフ

  退職して約半年が過ぎ、生活のリズムにも慣れた頃になって、気にかかっていたことが現実のものとなった。仕事から解放され心身ともに健康なゴールデンエイジに充実したシニア・ライフを送りたいという目標とはかけ離れた、もう一つのシニア・ライフを送らざるを得なくなった。

 田舎で暮らす両親が共に動けなくなってきたのだ。
88歳の気丈な母は、十数年前に腹部動脈瘤およびそのための心臓血管の手術を受けたが、手術後に腹部及び足腰の痛みがひどくなり、杖でやっと歩ける程度の身体になってしまった。しかも血液が固まらない薬を飲んでいるため、痛みを軽減できずストレスを溜めては下血して、半年に1回程度の入退院を繰り返していた。

 92歳の父は、やはり十数年前に1回、1年前に1回、心臓血管狭窄症の手術を受けたが心身共に元気で、車を運転して買い物に行ったり家事をこなしたりして母の面倒をみていた。しかし1年ほど前に転倒してから足が弱ってしまい、最近は杖なしでは歩けなくなってしまったのだ。東京に嫁いだ6歳下の妹が、仕事の合間を縫って1年ほど前から3泊4日を月2回程度、実家に行って父の手助けをしてくれていた。自分は今年の3月末に退職してから2泊3日を月に1回程度、実家に行って手助けをしていたのだが、それもいよいよ限界に達しその程度では済まなくなった。

 9月上旬に事故が起こった。父が台所で朝食の準備をしている間に、母がトイレで下血し失神していたのだ。しばらくしてそれに気づいた父は、母を抱える力がなく気が動転して、普段からお世話になっているお向かいさんの元気な老夫婦に電話して助けを求めた。老夫婦は車で母を病院に送り届け入院させてくれた。

 病院で、両親を担当している同じ医師から、最早二人だけにしておいてはいけないと、きつく言われた。週2,3日のパート仕事を続けたい妹。これからやりたいことをやろうとしていた自分。一緒に暮らせないならば、施設を考えたらと助言してくれたケア・マネージャーやお向かいさん。施設には入りたくないという母。二人が施設に入るのは経済的に無理という父。それぞれの思いをまとめるには、どうしたら良いのか。自分で答えを出すしかなかった。

 二人を施設に入れることは、年金生活に入った自分にとっても経済的に無理なことを、自覚させられた。自分がその金を捻出するために働きに出るくらいならば、自分が両親と暮らす方が理に適っている。しかし、それは自分がこちらで築いた人間関係や経験のすべてを封印することだ。それに耐えられるのか分からないけれど、やってみるしかないと覚悟を決めた。以前から嫁姑関係がこじれているから、女房には何も期待できない。

 結果的には妹との話し合いで、1週間おきに2人が交代で実家に行き面倒を看ることになった。2日間の往復の移動時間が空白になるが、ヘルパーさんに来てもらい、空白時間を少しでも縮めることにした。妹は毎週2、3日のアルバイトをしたいとのことだったので、交代の起点を水曜日とした。そのことで自分も毎週水曜日の朝に通っていた太極拳の教室に出席してから、実家に行くことが可能となった。この半年間に築いてきた生活リズムの一部を維持することが可能となり少し精神的に楽になった。10月からもう一つの新しいシニア・ライフが始まる。

2013年9月 7日 (土)

「ナショナル・アイデンティティと領土」を読む

佐藤成基「ナショナル・アイデンティティと領土―戦後ドイツの東方国境をめぐる論争」2008新曜社を友人に勧められて読んだ。

  戦後ドイツが東西に分割されただけでなく、領土の1/4を失ない14百万人のドイツ人が被追放者となった悲劇を全く知らなかった。ソ連が領土拡張のためポーランド国境をドイツ領内に移動したためだ。戦後ドイツはこの国境を暫定としていたが、1970年ブラント政権は国境線を承認し領土を放棄した。但し法的には、戦前の帝国が存続したため、被追放者の抵抗の拠り所となり、90年の東西統一、国境条約締結まで論争が続いた。何故、ドイツは領土放棄ができたのかを克明に追跡した大変貴重な研究だ。ドイツの過去の克服のしかたに感銘を受けた。

  代償として領土を放棄することが、ポーランドとの和解、欧州平和への貢献、諸外国との友好関係、国際的信頼の回復を進め、国の行動の選択肢を広げ、結果的に国益に繋がるという政策が幅広く支持されたわけだが、その前提にはドイツ人の公共的規範の枠組みとして、ナチス犯罪の克服という義務の観念に依拠するホロコースト・アイデンティティが広く受け入れられたからだと著者はいう。それに対し自らが起こした戦争を未だ総括できず、米国の威の蔭に隠れて国際社会で存在感を発揮できない日本のアイデンティティとは一体何なのか考えさせられた。

  この本では、補論として日本の北方領土に触れているが、シュミット元首相の意見に依りながら、固有の領土論に拘らず、現実の認識に基づいて、戦争に敗れたという事実を「深く理解」した上で、領土返還がどれほどの「国益」になるかのかを再検討してみても良いのではと提言している。国際的には、歴史的に見て固有の領土という論理は領土要求の根拠にならず、国際法的な規定がより重視されるという。大変勉強になった。

2013年9月 1日 (日)

2013年8月の読書メーター

2013年8月の読書メーター
読んだ本の数:4冊
読んだページ数:860ページ
ナイス数:100ナイス

憲法九条の軍事戦略 (平凡社新書)憲法九条の軍事戦略 (平凡社新書)感想
著者が言うように、「米国の言うことを聞けないのならば、米国は日本の安全を保障しない。それでもいいのか。」という米国の威嚇に日本が屈している限り、日本は主権無き国家だ。憲法で集団的自衛権が行使可能となれば、国連憲章を無視する米国のすべての戦争に巻き込まれて行く。日本が主権を取り戻し、憲法九条の精神を守りながらも中国や北朝鮮の脅威に対応するには、日米安保条約の抑止力に依存しない専守防衛に徹した独自の軍事戦略を持つしかないという著者の意見は傾聴に値する。これを政策とする政党がなく憲法改正が着々と進むのが怖い。
読了日:8月30日 著者:松竹伸幸
爪と目爪と目感想
すべて「わたし」の目を通して「あなた」を描いている文章だが、二人の関係は最初からこじれていて事件を予感させるので、一気に読ませる。しかし不思議な文体の小説だ。過去の幼い「わたし」が語っているように見えて、現在の大人の目で物事を淡々と語り、しかも「わたし」は「あなた」の内部に入り込んで内側から見たりするから、視線が入り乱れ、立体派の絵画のような不気味さが感じられるのだ。日常的な世界にも、未来が見えるいい目と現在しか見えない目から見える世界は全く異なり、そこに理解しあえない深い亀裂があることを教える。
読了日:8月22日 著者:藤野可織
経済成長神話の終わり 減成長と日本の希望 (講談社現代新書)経済成長神話の終わり 減成長と日本の希望 (講談社現代新書)感想
著者は米国の国際弁護士で現在立教大学教授。経済成長をゴールとする政策は、米国追随の新自由主義・市場原理主義・グローバリズムと一体であり、それが信頼と共助に支えられた日本の社会を壊すと警告する。この本の真骨頂は、GDPより人々の暮らしを優先する経済を作り上げるにはどうしたらよいのか、具体的に「減成長による繁栄」として提示している点である。それらは法律を改正すれば実現可能だが、そのためには日本人が民主的能力を発揮する必要があると説く。それで国民全体が暮らしていけるのか良く分からないが、考えるべき時機だと思う。
読了日:8月21日 著者:アンドリュー.J・サター
ルポ 貧困大国アメリカ (岩波新書)ルポ 貧困大国アメリカ (岩波新書)感想
新自由主義政策による大企業優先の規制緩和・社会保障費削減がアメリカを貧困大国にしたと告発する。過激な市場原理で、大企業は国境を越え貧しい国を搾取し、安い商品が国内の雇用を奪い、中間層が崩壊して貧困層が拡大した。本来、国が責任を持つべき教育・医療・暮らしを民営化したため、貧困層は更に食いものにされ生存権すら脅かされ、生活苦から戦争に行くよう仕向けられた。格差拡大政策によって貧困層を量産し、戦争ビジネスを支えるという恐ろしいシステムが完成。日本がこれ以上アメリカ化しないよう多くの人に読んでもらいたい本。 
読了日:8月9日 著者:堤未果

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