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2014年2月16日 (日)

内田樹「修業論」を読んだ

  合気道七段の著者が、「修業」というものを知らない現代の若者に向けて書いたもの。
  修業の目的は、現代風に言えば、想定外の危機的な出来事に遭遇した時に適切な対応ができる力をつけることであるという。

  武道では、相手を想定外な状況に追い込んで、技を掛けた方が勝つ。逆に言えば、相手の気を感じて動きを読み、なすべきことを瞬時に判断することで生き延びることが出来る。

そのためには、自我を脱ぎ捨て身体感覚を研ぎ澄まして状況を把握し、他者と融合して一つの動きにまとめる力が必要だという。しかし修業者でない者には難解だ。

  計測可能な身体能力の訓練とは異なり、修業は人間の心身の潜在能力を開花させるものであり、努力した後でなければ体得した能力が何か分からない非合理なものである。

 修業により身体感覚が敏感になると、気や機・キマイラ的身体といった非現実的なものが、リアルに体感できるようになるという。それを言葉で説明しているのだから、修業者でない者には難解なのは当然だ。

 それでも魅力を感じるのであれば、修業に励むしかない。問題は、目的が曖昧なルーティンをどうやって高いモティベーションで継続するかだ。魅力的な師への憧れ?仮の代替目的?たとえば健康のためという目的。

 自分は、武術の修業というほど厳しいことはしていないが、健康のために太極拳を習っている。でも大先生によると、元来、健康太極拳とか武術太極拳というようなジャンル分けは存在しないらしい。

 なぜなら、太極拳の目指すところは、自分の力を用いないで、楽な姿勢で、相手の力を利用するという、他の武術と違った武術性の確立にあるからだという。合気道とは異なるが、気や機、相手の動きの読み、瞑想など共通している部分も多い。

 健康のための太極拳であっても、練習する上での間違った方法で続けると健康を害することもあるという。正しい方法の基準は、武術性=「攻防」の技術にあるから、それを知らなければならないようだ。目標は高くなるが、武術性の勉強は面白そうだ。

 日ごろの稽古を修業の場と捉え、理論を勉強して実技で確かめつつ、何か非現実的なものをリアルに体感できるまでになりたい。

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