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2015年3月

2015年3月26日 (木)

真珠湾攻撃に関わる機密

  「新説明治維新」の講演を行った西鋭夫氏のインタビュー・ビデオを観た。 その中で、太平洋戦争における驚くべき真実を知ることができた。  

 民主主義の国アメリカでは、政府の機密文書も30年後とかに公開されるのが原則だが、内容に応じて機密期間がそれより長いものがある。ケネディ暗殺に関する文書は100年だそうだから、そこには政府にとってかなり都合の悪いことが隠されていることになる。
 戦後65年経って公開された文書を地道に検証していた西氏は、そこで米軍が1940年にすでに日本海軍の戦略暗号を解読していたことを発見したという。真珠湾攻撃の1年前である。(通説では1942年のミッドウェー海戦の前)ということは、米軍は真珠湾攻撃を事前に知っていたにも拘わらず、知らない振りをした可能性があるというのだ。自国民を犠牲にしてまで、何故そんなことをしたのか。
 それは日本に対して原爆を使う口実を作るためであったのではないかという。原爆を投下するにあたって真珠湾が持ち出されているからだ。それが本当であれば随分ひどい話だが、アメリカならやりかねない気もする。ただ日本海軍は、真珠湾攻撃の直前に暗号を変更したという話もあるので、真実が何かは不明である。機密文書の中にそのあたりも触れている箇所があるのかどうか、今後の検証を待つしかない。
 アメリカの強かさ怖さは今に始まったことではない。例えば日本に今なお米軍基地が70か所もあるのはおかしいのだが、誰も言わない。日本人は都合の悪いことには口を閉ざしてしまう。議論の前に思い込みの結論があり、それが通らないとすぐ感情論に走り、思考停止してしまう。議論によって真実を共に探って行くというアメリカのような土壌がない、という西氏の指摘は正しいと思う。
 歴史認識は日本人の水源であり命であるにも拘らず、日本人の歴史の知識は薄っぺらすぎるという指摘は全くその通りだ。特に現代史は学校教育で教えられていないのだから当たり前だが、何故国は日本の現代史を隠すのか。知ってはいけない都合の悪いことがあるからだと考えざるを得ない。マスコミも国に迎合し真実を語らない。国やマスコミの責任は重い。

2015年3月24日 (火)

西鋭夫講演「新説明治維新」を聴く

 スタンフォード大学フーヴァー研究所教授西氏の講演会ビデオを観た。HPによると氏は、「長年の日米アジア研究を通じて、日米の政財界やシンクタンクに情報源を持ち、アメリカ政府の機密文書を世界で初めて開いた人物でGHQ占領政策の研究で世界的な権威である」という。

 氏は、まず日本人よもっと奮起せよとけし掛ける。日本人ほど知識を大切にする国民はいないのに、今の教育環境が悪いために力を発揮できなくなっている。ノーベル賞を取った人のほとんどはアメリカの教育を受けている。国はもっと教育に金を使い(世界30位)、官僚の責任逃れの管理教育ではなく優秀な人間をさらに伸ばす教育にすべきだ、と主張する。

 明治維新については、日本では神格化されているが、それは明治の御用学者の造った神話であって、実態はそんなきれいごとではないという。欧米列強の海賊まがいの軍艦や大砲によるアジアの植民地化や清国への不平等条約押付けに、発奮した薩長の若者たちが日本を欧米列強を真似し彼らと太刀打ちできる文明開化・富国強兵の国にしようとしたというのが通説である。

 しかし西氏は、維新を実行するために掛った膨大な費用を若者たちが調達できるはずがない、という所から見直した。長崎のグラバー邸で、薩長の若者がグラバーと密談を交わしていたことが明らかになる。グラバーは、東インド会社や香港上海銀行にかかわるジャーマン・マセソンの長崎支店長であった。金はここからでているのだが、当然、彼はイギリスのアジア戦略を担っている。

 西氏の結論は、明治維新はイギリスが日本を手なずけるためのアジア戦略の一環であったというものである。インドや清国を隷属させるための戦争でイギリスが払った英国兵の犠牲が余りに大きかったため、アジア最後の国である日本を攻略するための戦略を変更した。それは、日本現地のテロリストたちに、資金や武器や軍艦を提供して内戦を起こさせ、既存の権力を放逐した上で、彼らを通じて日本を支配しようという戦略である。

 文明開化とは西欧文明化への洗脳の結果であり、富国強兵とは日本を戦争の出来る国にしたてることであった。現に、明治維新以降第二次世界大戦敗戦まで日本は戦争をし続けた。相手はイギリスの敵国、ロシアであり清国であった。おだてられながら調子に乗って上手く使われたのではないか。西氏はそこまでは語っていないが、そう推論できる。さらに言えば、日本を新興工業国に仕立てることで、清国からアヘンで巻き上げたカネを日本に貸しつけ、金融大国として発展したという秋田茂氏(「イギリス帝国の歴史」)の知見に符合する。

 一見、日本はイギリスに助けられて近代化を果たしたという風にも見えるが、紳士の顔をしたイギリスにも海賊のような裏の顔もあるわけだ。清国の広東から紅茶や陶器を輸入していたイギリスは、代金の銀を払えなくなると、紫禁城の側室の媚薬として買われていたアヘンに目をつけ、インドで大規模なアヘン農場を作って清国に輸出してかの国をアヘン漬けにした。清国が輸出を止めさせようとすると、戦争を仕掛けて清国を制圧した。イギリスは、アメリカやロシアもそうだが、アジア人やアフリカ人を人間として見ていなかったから、皆殺しにすることは平気だった。どちらが文明で、どちらが野蛮なのか分からない。

 しかし日本には欧米より古い歴史があり、文化文明がある。アメリカと違い、すべてをカネに換算しない美学、知識を大切にする土壌、秩序・和を大切にする美学、思いやりの心がある。これがある限り、日本は偉大な国になれる。こんな国は世界のどこにもない。今はアメリカのポチだから、グローバル化と称して全員英語を学ばされているが、日本文化文明の魂である立派な日本語をキチンと学ぶべきだ。本当は日本が外に出て行って、グローバル化を図るべきなのだ、と主張する。

 問題なのは、選ぶべきリーダーがいないこと。日米が戦争している時も、アメリカでは新島襄の肖像画は外されないほどに、尊敬されていたという。そんな人物がいなくなってしまった。結局、教育環境の問題になるのだが、この流れを変えるためには、優秀な人間をさらに伸ばす教育にすべきだという、最初の話に戻った。

 明治維新の話はかなり刺激的で面白かったが、突拍子もない話ではなく十分にあり得る話だと思った。英語より日本語をという主張も、エリートを育てる教育方式の主張も賛成できる。そして今日本が、欧米の文化文明の影響を脱して、固有の日本文化文明に立ち返りその良さを世界にアピールし影響を与えていくべきだとするのも、何となくは理解できる。しかし、回帰すべき日本固有の文化文明とは何なのか、欧米の文化文明の何を捨て何を残すべきなのか、については明確ではない。

2015年3月19日 (木)

映画「それでも夜は明ける」を観た

2013年公開の実話に基づく米国映画。

1853年にソロモン・ノーサップが書いた体験記「奴隷としての12年間」が原作。
自由黒人だった彼が誘拐され奴隷として売られてしまったという話だが、
当時の奴隷たちが置かれていた悲惨な状況がリアルに描かれており、胸が痛んだ。
人間を所有物として扱う奴隷制度が、19世紀までは当たり前ことのようにあったことに改めて驚く。
奴隷制度など絶対にあってはならない、という強いメッセージが伝わるが、
根底にある人種主義や民族差別の問題が今なお存在することに、
人間の哀しい性を感じた。

2015年3月 4日 (水)

2015年2月の読書メーター

2015年2月の読書メーター
読んだ本の数:4冊
読んだページ数:939ページ
ナイス数:129ナイス

九年前の祈り九年前の祈り感想

   読了日:2月24日 著者:小野正嗣
 文芸春秋にて、芥川賞選評と共に読む。
同棲相手に逃げられ郷里の町に戻った主人公さなえの、自閉的な息子に対する愛情と悲しみを描く。息子の「引きちぎられたミミズ」のような抵抗に疲れ果てて見る子捨ての幻視。だが解放されたくても、手を放すことはできない。九年前のみっちゃん姉の息子への愛と祈りの記憶に導かれ、息子を抱き愛おしむことで悲しみを乗り越える。
 作者の伝えたいことは良く分かるのだが、私には今一つ、村上龍や川上弘美のいう「切実さ」も、小川洋子のいう「世界の片隅に潜む土地の力」も感じられず物足りなかった。

 「引きちぎられたミミズ」の幻視が言葉だけで繰り返し語られることで、あるいは郷里の余りに優しく温かいおばちゃん達が登場することで、「切実さ」が打ち消されているように思われた。
 世界に繋がっても、恐れも知らず物おじもしない郷里のおばちゃん達のパワーが「土地の力」だったとしても、現実の彼女たちはもっと口悪く、主人公にも辛く当たるのではないか。高樹のぶ子のいうように「陰湿な臭いが消えた分」、小説としては弱くなったのかも知れない。
  読了日:2月19日 著者:佐藤優
 相国寺禅僧を対象に、危機的状況に陥っている人間のサバイバル(救済)についてキリスト教の視座から連続講義したもの。
 著者のいう危機とは、世界大戦や原発事故を生んだ近代合理主義文明への疑念であり、野蛮なファシズムへの回帰の動きである。そして救済をトータルに考える著者は、宗教の力が如何に世界の政治・経済・社会に影響を与えているかを豊富な知識で解説し、最後に宗教団体はファシズムに対抗する砦として、民主主義を担保する根本である、とまとめている。話が余りに幅広いので理解しきれないが、宗教と政治の深い関わりを知った。

 宗教の知識がないと現在の世界情勢が読み解けないのも事実だが、宗教の語る物語を素直に信じられない私としては、なぜそこに命を捧げられるのかを知りたかった。しかしこの本では、「自分がなぜキリスト教徒になったのか説明できない。」で終わる。
 合理的に説明できないのが宗教だから仕方ないが、自分の宗教のために自分の命を捨てることも他人の命を奪うこともできる人たちが争っていることの方が、合理主義以上に問題のようにも思える。
 近代と共に生まれた民族もナショナリズムも、信じる者にとっては宗教だが、国家・官僚にとっては道具にすぎない。

  読了日:2月9日
 ピケティの特集で、「21世紀の資本」の概要や彼の立ち位置、彼への批判が簡潔に紹介されている。
 米国流の新古典派経済学をベースに、各国・各時代の膨大な税務データを分析して格差拡大の実態を明らかにし、[放っておけば、今世紀中には18~19世紀の欧州のように、相続財産が人生を左右する世襲型の超格差社会に戻る。」と警告する。
 経済学としてはまだ不十分な処が多いようだが、成長理論に陰りが見えてきた現在、分配問題に焦点を当てたことが話題のようだ。
 NHK「パリ白熱教室」を観ているが、彼の講義は明快で分かり易く魅力的だ。
 r>g。すなわち「資本収益率は常に経済成長率をつねに上回る」ため、資本を多く保有している富裕層にますます富が集中するという主張に対し、確かに過去の資本収益率は4~5%だが、将来もそうなるという理論付けがないと批判されている。 
 しかし現実に拡大している過大な格差が、経済も社会も破壊し民主主義を足元から崩すので、市場メカニズムに任せないで適度な管理が必要だ、という彼の主張には共感する。 
 格差是正の処方箋として世界的な資本課税の導入を提唱している。簡単ではなさそうだが、理想に向け努力するのが筋だろう。

東京プリズン東京プリズン感想
  読了日:2月3日 著者:赤坂真理
 
 アメリカの高校へ留学させられた少女マリが、東京裁判に納得できない教師から「天皇の戦争責任」を立証する立場でディベートをさせられるという小説。
 東京裁判のやり直しのような最終章は圧巻。神がかったマリの主張を通して、日本人にとって檻の中のタブーであった「天皇とは」、「アメリカとは」何なのかを読者に問いかける。
 イライラさせる前半の、時間や私を超越したすべてが夢のような不思議な物語は、すべて最終章のためだったと納得。天皇を救いつつ責任を問うマリの主張は理解を超えているが、アメリカに一矢報いた所は共感。
 
 戦争に負けたのは仕方ないが、自分を負かした強いものを気持ち良くして利益を引き出したら、それは娼婦だ。」と強者に媚を売る日本人を断罪する所も共感。これからは誇りを持って強者に対しても、過ちは過ちだと物申すべきだと。
 誤った神を信じているという理由で自分の信じる「神の名のもとに戦争をする」人類の愚かさ。同じ人の子とは、同じ神の子ではないのか。もし神がいるとするならば、自分の信じる神の子のみが救われるという宗教よりは、この宇宙、この自然、この人々のすべてが神だというマリの主張に組したい。

2015年3月 1日 (日)

映画「悼む人」を観た

 天童荒太の直木賞作品の映画化。
 不慮の死を遂げた人を悼むために全国を旅する青年静人の物語。
それを奇妙に思う世間に対し、それを温かく見守る家族。
そんな彼に、夫を殺した倖世、父を憎む雑誌記者蒔野が関わり、
彼の奇妙な行動に引き込まれていく。
二人には、親子・夫婦のドロドロした不幸な関係から生まれた
歪んだ愛と憎しみがあったのだが、それが癒される。
 重く暗いテーマの映画だが、最後は希望の光が見えて温かい気持ちになる。
 母親が「静人を褒めてやりたい」といい、
蒔野は「父に褒めてもらいたかった」という場面が印象的。
人は愛されたり褒められたり感謝されたりすることで生きられる、ということか。
 倖世役の石田ゆり子の演技が光っていた。

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