« 2016年4月 | トップページ

2016年5月

2016年5月 9日 (月)

2016年4月の読書メーター

読んだ本の数:4冊
読んだページ数:1102ページ
ナイス数:150ナイス

失敗史の比較分析に学ぶ 21世紀の経済学■ 
逢沢明

    「失敗史の比較分析に学ぶ  21世紀の経済学


 2016年刊。

 数理エコノミストが、正しい経済データを示して政府発表の経済データのウソを暴き、政策支柱のリフレ理論を批判、過去の大失敗を繰り返しそうだと警告。痛快だ。

 日本はデフレではなく、苦しいのは給料の減少のせい。政府がインフレを目指すのは借金減らしのため。

 禁じ手の「日銀の国債引き受け」が異常膨張。出口戦略がないので財政破綻のリスク高い。

 かつては破綻を避けるために侵略戦争を採ったが、負けたので地獄。円安・株安・債券安からハイパーインフレ、デノミや預金封鎖により国民の財産が消失。


 同じ轍を踏む安倍政権。

 大不況を乗り切るために軍国主義がとった戦略が、借金財政による大盤振る舞いと侵略戦争。

 日独とも資金源は中央銀行からの借金。日本軍は日本のみならず中国の中央銀行の通貨も使用。まさに悪魔の錬金術。

 安倍政権の異次元緩和もインフレにならず、株高・円安・金利安で庶民を苦しめる。企業業績のない借金による株価吊上げはいつかは破綻。

 「国の借金を増やすほど景気は悪化する」というデータ。クラウディングアウト現象で民間工事の減少が原因。景気回復には財政緊縮より財政出動が必要との論調が主流の中で、この意見は初耳だが重要。
 著者は経済成長重視の立場だが、「庶民が豊かになることが経済最大の原動力」との主張には頷ける。

 庶民の所得を抑えることが結果的に経済危機をもたらす。それは富者が仕掛ける経済ゲームで搾り取られた貧者の呪い。

 近代の失敗史はすべてこれで説明できるという。

大恐慌や戦争による経済危機も、もとは経済的格差に起因する貧困から生まれる。先進国と途上国の格差。戦勝国と敗戦国との格差。1%の富者と99%の貧者。

 供給側と株価にしか目を向けず、需要側の庶民を軽視し格差を放置すれば経済も社会も破綻するという真実を再認識した。
 やや大げさなタイトルだが、その位の気持ちで歩いて欲しいとの医者としての願いだそうだ。

 歩けば、自律神経を活性化、血流が良くなり、酸素摂取力や免疫力を高め、脳を活性化し、セロトニン分泌で幸福感を得る。

 生活習慣病や鬱病・胃腸病・癌・風邪への効果を説くが、どの程度効くかは不明。すぐ薬や手術に走る医療化も批判。

 健康になる歩き方の紹介は多少参考になった。

 歩けば頭も良くなり人生が変わるとまとめている。勿論、悪いはずはないが、やはり大げさか。

 余り新しい発見はなかったが、「医者に払う金があるなら靴に使え」は納得。



 私自身、ウォーキングの健康効果を信じて毎日1万歩目標に歩いているので、今回は歩行の質を高めるべく、歩き方を学んだ。

 「足だけで歩くのではなく全身で歩く」がポイント。

 ①頭頂部をひもで引っ張られているように、背筋を伸ばし胸を張る。

 ②丹田を引き締める。

 ③肘を後ろに引いて肩甲骨を動かす。

 ④骨盤を前傾させ腸腰筋を意識して左右に動かして太ももを前に出し、
   着地した踵の上に素早く腰を乗せていく。

 ⑤何も考えずウォーキングに集中する(セロトニン重視)か、
   脳トレをしながら歩く(認知症予防)。


読了日:4月20日


禅と日本文化 (岩波新書)■ 鈴木大拙 「禅と日本文化



 禅が日本文化の形成に果たした役割の論考で、1938年に英語で書かれた外国人向けの原書の訳書。

 なぜ中国でなく日本で禅が国民的な広がりを見せたのかという歴史経緯については良く分かったが、日本文化のどこが禅的なのかについては禅に関する知識不足のため難しかった。

 ただ日本の美術・武士道・剣道・茶道・俳句への影響を知ることで禅の凄さと日本文化の奥深さを知ることができ、もっと良く理解したいという思いを強くした。

 分からないながらも素晴らしく感じたのは、剣道における「無心」の重要性を伝えた沢庵和尚の柳生但馬守への書簡。


 ”向ふより切る太刀を一目見て、其儘にてそこにて合わんと思へば、
  向ふの太刀に其儘に心が止まりて、手前の働きが抜け候て、
  向ふの人に切られ候。”

 ”葉一つに目をかけずして、一本の木に何心もなく打ち向ひ候へば、
  数多の葉残らず目に見え候。”
                                   (沢庵和尚)

 断片的ではあるが、何となく理解できたのは、禅には悟りという禅体験がすべてで、悟りとは、知識・思慮分別・自意識を排除し、意識の深層にある無意識・集合的無意識・宇宙的無意識の力に身をゆだねることで、心配・煩悶・疑惑・躊躇などからは全く自由な心の状態を得ることのようだ。

 それは、武士が死を超越するときの心の状態であり、芸術家が霊感を得るときの状態でもある、ということだろうか。

読了日:4月18日


こころ■ 
夏目漱石 「こころ

 1914年初出。

 前半は、世間のしがらみに悩む主人公の私と、世間から隔絶して自由に生きる憧れの先生との出会い。

 後半は、先生の手紙による暗い過去の告白。

 人に騙され人間不信に陥った先生だが、あることで自分が親友を裏切ってしまう。そこから先生の罪の意識の苦しみが始まる。

 一体何があったのかと、読者の心を巧みに誘い込む。

 理屈通りにいかない人間の弱さを見つめ、揺れ動く心を克明に描き出している。

 結局、言うべきことを先延ばしにすれば、取り返しがつかないことになるということか。特に良心に反することは早めに告白をすべしと。


 なぜ先延ばしにするのか。先生の揺れ動く心の動きは先延ばしに対する様々な言い訳のように聞こえる。

 だが、思わず打ち明けてしまう場面がある。

 ”私の自然が平生の私を出し抜いてふらふらと懺悔の口を開かしたのです”。

 要するに、平生の私を出し抜いた強い私の自然とは、恋愛感情であり、嫉妬心であり、切羽詰まった激情だった。

 そして私の平生とは、恥を掻きたくない自尊心であり揉め事を避けたい弱い心ではないか。

 自分を捨て修羅場を引き受けるには激情によらずとも情熱と勇気があればいい。そんなことを先生は思い起こさせてくれる。

読了日:4月4日

« 2016年4月 | トップページ

お薦め本

  • 鈴木亘: 「財政危機と社会保障」
  • 波頭亮: 「成熟日本への進路」
  • 中野剛志: TPP亡国論
  • 増田悦佐: 日本と世界を揺り動かす物凄いこと
  • 古賀茂明: 日本中枢の崩壊

お薦めサイト

フォト
2017年9月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

最近のトラックバック

無料ブログはココログ