旅行・地域

2012年7月19日 (木)

トルコ旅行

 7月8日から17日までの10日間、カミさんとトルコ旅行に行ってきた。
退職したら行こうと決めていた長年の夢だった。アジアとヨーロッパの架け橋の街イスタンブール、きのこ岩が聳えるカッパドキア、石灰棚のパムッカレは、学生時代から行ってみたいと考えていた場所だった。今回のツアーには、その他に、鉄を発明したヒッタイトの遺跡、大塩湖トゥズ湖、11~13世紀のセルジュク・トルコの首都コンヤ、ギリシャ時代の大都市エフェソスも含まれていた。

 チョッと高額のツアーだったせいか、一組の新婚さんを除いては、8組が老人組。夫婦が5組、姉妹が3組の18人のメンバーだったが、割と和気合い合いで気楽な旅行ができた。やはり、3分の2を占める女性陣の方が元気で、賑やかだった。旅行会社の添乗員の女性も、現地の男性ガイドも、非常に優秀かつ知的で、楽しくまた勉強になった。

 トルコは日本の国土の2倍の広さで、人口は75百万人という密度。旧首都で最大の都市イスタンブールには、人口14百万人が集中し、トルコ経済の47%を支えているのだそうだ。平均年齢は日本の44歳に対し、28.5歳と若い。一人当たりGDPが1万ドルを超えたばかりの伸び盛りの発展途上国だ。アラブ資本が流れ込んでおり、建設工事が盛んで8%台の経済成長率を誇るが、バブル気味、原油輸入が大きな負担で財政赤字だという。大成建設が、ボスポラス海峡をつなぐ地下鉄道工事をしていた。

 トルコは日本と違い、大陸における交通の要所にあることから、古くから、多くの民族が行き交い、国を興し、戦争が起こっては、民族も国も目まぐるしく入れ替わってきた。元々は中央アジアの遊牧民であったトルコ民族が、この地域に進出してきたのは、11世紀になってからだという。

 古くは紀元前(BC)35百年頃のメソポタミア文明の後、BC16世紀ヒッタイト王国が一帯を支配していた。BC7世紀頃のペルシャ帝国、BC4世紀頃のマケドニア王国アレキサンダー大王が統一したギリシャ支配、BC2世紀頃のローマ支配、紀元後(AD)4世紀のビザンチン帝国、8世紀のイスラム帝国による一部支配、11世紀のセルジュク・トルコ、13世紀オスマントルコ帝国、第一次大戦で連合国に負けて領土を分割占領されたが、ケマル・パシャによるトルコ革命を経て、1923年帝政廃止・民主化により現在のトルコ共和国になった。

 いろいろな文明・文化が混じることで、さまざまな新しいモノが生まれ、またここから広まっていった。ヨーグルトもチューリップもカーペットも唐墨もトルコが発祥の地あるいは本場だという。宗教も、ゾロアスター教、キリスト教、ギリシャ正教、イスラム教などがトルコを経由して世界に広まっていった。

 現在のトルコでは、政教分離政策が採られ、宗教には寛容だが、国民の99.8%がイスラム教徒である。ソフトなスンニ派が8割で、イランのシーア派と対立している。

 日本との関係は古く、明治時代、オスマン帝国の時代に共通の敵ロシアを巡って同盟関係が築かれた。1890年、日本を表敬訪問していたトルコ海軍の軍艦エルトゥールル号が和歌山県串本町沖で遭難した時の日本人の献身的な努力が、トルコ人の心を捉え、国民の90%以上が日本を一番好きな国にあげているという。また共和国に生まれ変わった際も、日本をモデルにしている。さらに日本企業には特別な優遇税制などをしている。1985年イラン・イラク戦争でフセインがテヘラン爆撃を宣言した際、テヘランの在留邦人救出にトルコ航空を派遣してもらったり、3.11支援でも日本は大きな恩返しを受けた。

 カッパドキアでは、人類の歴史を超えた大きな自然現象に、人間の営みの小ささ・時間の短さを感じ、イスタンブールでは、様々な民族・宗教・文化・歴史という人間の営みの大きさ・複雑さ・重さを感じた。日本でも大きな時代の移り変わりはあるのだけれど、地球上には、ここまで複雑で流動的な地域があることを改めて認識した。日本は本当に安定的な国なのだ。トルコ共和国ができて89年、明治維新から144年。長いようで、人類の歴史からすれば短い。国のあり方も、国と国のあり方も、もっと流動的であっていいと、改めて感じた。こんなことを旅行中に考えさせてくれた現地ガイドのウミットさんに感謝。

 

2012年5月 3日 (木)

仙台旅行

 連休を使って仙台に旅行した。まだかみさんが行ったことがない街で、
折角だから東北で、出来れば温泉に一泊ということで急遽決まった。
1泊は仙台郊外の秋保温泉で、1泊は仙台駅近くのホテルに泊まる、2泊3日の小旅行。
今日から、東北地方も雨だが、旅行中は幸い、天気にも恵まれた。

 仙台に限らず地方の県庁所在地は、コンパクトで一通りの施設が揃っていて住みやすい。特に仙台は、街路樹が整備され緑が多く好きな街だ。市内観光に力を入れており、
1日乗り放題の巡回バスがあって、便利だった。

 初日は、新幹線で昼近くに着いたので、食事をしてから、伊達正宗の御廟である瑞鳳殿に行った。いつも見る神社仏閣とは違い、焼失後に新築再現された建物なので色合いが美しく、厳かながらも豪華であった。

 夕方、バスで郊外の秋保温泉に移動。翌朝に散歩した近くの磊々峡が素晴らしかった。桜が吹雪のように舞い、せせらぎの中でホトトギスが鳴いていた。

 秋保温泉からスタートして、バスツアーに乗って仙山線沿いの観光スポット巡りをした。修験道の祈祷をする慈眼寺、桜が満開だった秋保大滝、鳳鳴四十八滝、ニッカの仙台工場、平家の落人が建てた定義如来西方寺を回って仙台駅に戻った。自然を満喫した旅だった。夜は、市内を縦横に走るアーケード街を散策し、牛タンの夕食を楽しんだ。

 翌日は、終日、循環バスに乗って市内観光。青葉城址、県立博物館、県立美術館、大崎八幡宮、メディアテークなどを見て回る。大きな欅やメタセコイアの並木が美しい本当に素晴らしい街だった。大震災の傷跡は見る機会がなかったが、少なくとも仙台は観光客が溢れ活気に満ちていた。

 毎日、良く歩いた。3日間で、約5万歩だったので、普段の倍歩いたことになる。ゴルフと同じかそれ以上である。旅は勉強にもなるし、気分転換にもなるし、健康にも良いので最高だ。元気なうちに出来るだけ続けたい。

2012年2月12日 (日)

台湾旅行

リンク: @nifty.

会社のOB仲間と3泊4日の台湾旅行をしてきた。
メンバー8人は、会社OBの仲間たち。5人が同期で、上が1人。下が2人という構成。
毎年8人で北海道に2泊3日のゴルフツアーを10年以上続けていたが、
去年辺りから誰ともなく新しい所に行きたいという話になり、ゴルフ1日観光2日となった。

去年は九州、そして今年は台湾ということになったのだが、それは永久幹事のOさんが、
仕事で台湾によく行っていたこともあり、案内してくれるからということで決まった。
調べると、台湾のゴルフ場は結構高いので、帰ってきてからやろうということにして結局ゴルフは断念した。

生憎、台北は天気が悪く、どんよりと曇り時々雨がぱらついたので、傘が手放せなかったが、
観光ツアーには頼らず、自分たちで地下鉄に乗り、歩き、タクシーに乗ったので、
かなり台北の街を把握することができた。4日間で、ゴルフ4回分以上を歩いた。

台北は、若い人があふれ、通りはたくさんのバイクが走り、活気があるところはベトナムに良く似ていた。
新しい建物は、北京や上海ほどはなかったが、地下鉄や新幹線はきれいで効率よく作られていた。
新しいビルやショッピング施設は現代的で、世界中同じでだから余り外国という感じはしない。
もっとも、ホテルがあまり良くないということで、日系のビジネスホテルに泊まったので、
フロントも日本語で客も日本人で、夜のテレビも5チャンネルも日本語放送があり、朝食も日本食だったので、
全くもって日本の地方にいる感じだった。

天気がずっと悪そうなので、幹事が気をきかせて急遽予定を変更して、
昔仕事で行ったことのある台南に新幹線で行くことになった。新幹線は日本が協力したものだという。
快適な旅だった。台南は青空が広がり、ヤシの木が多く暖かい所に来たという印象を強くした。
実際、街並みも懐かしいシンガポールの街によく似ている気がした。

台南は、オランダ人が台湾を植民地にした時の拠点だった城や、オランダ人を駆逐した鄭成功という人を
祀った廟があることで有名だ。こじんまりとした静かな町で、台湾らしさを感じることができた。

オランダの前は、スペインが入っており、日本にも占領されるなど台湾の人たちは苦労している。
さらには中国本土の漢民族との民族的な問題や、共産党・国民党の政治的な問題が絡み複雑だが、
経済活動は中国との関係がどんどん深まっている。
日本はのんびりしていると、アジアでも置いてけぼりを食らいそうだ。
いい勉強になったし、仲間との行動が何よりも楽しかった。

2011年11月13日 (日)

イギリス・フランス旅行

顧客企業への協力のため、会社払いの優雅な研修視察ツアーに行かせてもらった。30代から60代までの男ばかりの26人の団体だが、1週間前の説明会で初めて顔を合わせた人ばかり。ロンドンに3泊、パリに3泊、機中2泊の旅。4、5人いた高齢者の中で上から2番目。

ロンドン、パリは何回か来ていたので、今回の楽しみは、ロンドンから150キロのシェークスピアの故郷であるストラトフォード・アボン・エイヴォンとパリから360キロの今日本で人気のモン・サン・ミッシェル。やはり、二つとも素晴らしかった。

両方とも、バスで郊外を長時間走ったが、田舎の風景が日本とは違い、山らしい山がなくなだらかな丘陵や果てしなく広がる平地に畑が広がるのが印象的だった。イギリスは国土が日本の3分の2だが、ほとんど山がないので使える面積は日本より広い。ちなみに人口は日本の2分の1の61百万人。フランスは日本の1.6倍で、人口は2分の1強の65百万人。山は国境付近にしかないので、ゆったりしている。ちなみに食糧自給率は07年で日本が40%に対して、英国65%、フランス111%である。

ストラトフォードの街の建物は、絵本に出てくるように可愛らしかった。観光で食べているだけに、きれいに整備されている。

モン・サン・ミッシェルは、島全体が花崗岩でできた建物のような不思議な島で、イタリアの地方の城塞都市のようだったが、圧巻なのはむしろ周辺の海。果てしなく広がる引き潮の時の砂浜。その都度、海水の残り方によって違った模様になるという。日本人に人気で夏は観光客の30%、冬は50%が日本人だという。さすがに欧州の都市を席巻している中国人はここにはいない。

都市で改めて感じたのは、古い歴史的建造物を観光資源として大切に使っていること。幅広い歩道、ちょうど黄葉になった大きな並木、至る所にある緑の芝生が印象的な大きな公園が美しかった。街としては、新しい建築の目立つロンドンの方が印象に残った。

リバークルーズではテームズ川よりセーヌ川の方が素晴らしかった。セーヌのバトー・ムッシュは、船からの強烈なライトアップで周辺の建物を浮かび上がらせて走るという凄いアイディア。さすが見せる技術では日本は足元にも及ばない。それは暗い街の中で美しく浮かび上がるショーウインドウのディスプレイにも感じられた。今、経済的に苦しんでいるといっても、歴史の蓄積に基づく豊かな生活と成熟した文化の厚みはやはりすごい。

しかし、ロンドンとパリを結ぶユーロスターは駅も含め余り感動的ではなかった。日本の新幹線の方がよほどきれいだ。古い建物の前に縦列している車もまた、都市景観を壊しており、観光資源と近代的な生活とが必ずしもマッチングしていないことを物語っている。

メンバーの皆が困っていたのは、食事のまずさとウオッシュレット。特にイギリスの食事は、余り味がなく塩と胡椒で調節するという質素さ。フランス料理は味が濃い分ましだが、飽きる。食事にしてもトイレにしても、改めて日本の良さを実感した。

名前と顔が一致し話ができるようになった頃にお別れとなったが、いろんな人との出会いの機会にもなった。集合に遅れた人、迷子になった人、忘れ物をした人など、いろんな人がいたが、事故も病気もなく無事に帰ることができ、まずはホッとして、時差ボケの調整に入った。

2011年8月 6日 (土)

戦争の傷跡

夏季休暇をとって女房とベトナムを旅行してきた。
2人だけのツアーで、ベトナムの3箇所の世界遺産、ハロン湾、ミーソン遺跡、フエの町を見る旅で、北のハノイから入って、南のホーチミンから帰国した。

都市は、どこも通勤のオートバイで溢れかえっており、活気があったが、全体の貧しさや開発の遅れが目立った。中国のあとを追うように、これから急成長して行くのだろうと思う。
しかし、その貧しさは圧倒的に長きに渡るベトナム戦争で破壊されたことによるものだとの印象をホーチミンの戦争証跡博物館で受けた。

3.11の津波の被害と同じような印象を受ける破壊された町の跡の写真は、それが爆弾投下で引き起こされたものだけにより痛々しいし、枯れ葉剤による人間の破壊もまた、原発事故と重なって、恐ろしいことを平気で繰り返す人間の愚かさを痛感した。
ミーソン遺跡も、古い文化遺産を戦争が破壊した跡の確認の場のようだった。

日本はベトナムにも侵攻したもののフランスからの独立に寄与したからか、ODAの援助をしているせいか、日本企業が工場進出しているせいか分からないが、かなり友好的に見てもらえていることが分かり安心した。フランス文化の影響をかなり受けているが、もともと中国文化の影響を受けた仏教国であり、稲作の田園風景は日本にかなり近く、どこか親しみを覚えるところがあった。

男たちが日本人のように頑張って働かないからダメだ、でも最近の若い人たちが頑張り始めたから希望がある、と話していたガイドの女性たちのたくましさ。ベトナムの今後の発展にエールを送りたい。

2011年6月12日 (日)

仲間との旅行

会社を二日ほど休んで仲間と福岡へ旅行してきた。仲間とはゴルフの好きな会社の元同僚達7人。梅雨時にいつもは北海道にゴルフをしに行っていたのだが、今年からは別のところと言うことで、地元に帰った元メンバーのいる福岡へ。雨に降られるのは覚悟の上で決定。初日は昼ごろ到着し、大宰府観光。二日目は小雨ながら何とかゴルフ。3日目は大雨予想だったのでゴルフをキャンセルし、急遽柳川観光に。実際は小雨から曇りだったので、十分舟下りと鰻せいろを楽しむことが出来た。

ゴルフの好きな仲間たちに混じって、決してゴルフが好きでも上手くもない自分が参加できるのは仲間の了解があってのこと(鴨としてかも知れないが)ゆえ、とても感謝している。団塊世代の元同僚と言うこともあって、気心知れているし話も合うし一緒にいて楽しい。年1回の旅行の資金分割徴収のため2ヶ月に1回ほど集まっては飲み会をし、旅行先や近況の情報交換をしている。旅行は会社時代からもう十数年続いている。

自分以外は、年金生活者が多く、働いている人もパートが多い。今は若干肩身が狭いが、来年からは、完全な仲間入りが出来る。これからはこうした仲間が本当に大切だから、この仲間に入っていて本当に良かったと思う。同僚全部が仲間になれるわけではないし、会社時代は定年後のことを考えていた訳ではない。会社時代の仲間が会社を辞めてからも人間関係が続くのは、有難い事だ。

何年ぶりかに会った元メンバーがしみじみ話したのは、やはり郷里を長年離れたことで昔の友人との距離は埋まらず、また新しい人間関係も生まれないので、本当に淋しいし、この仲間が本当に羨ましいと言う事だった。

知的な刺激を与え合うわけではないけれど、楽しく遊べる仲間は大事にしたい。

2011年5月18日 (水)

ドライブ

日曜日はいい天気に誘われて、久しぶりのドライブ。上さんが新聞で見つけた茂原牡丹園へ行ったのだが、結構人が出ていた。ほとんどが似たような老夫婦の組。翌日から閉園というくらいで、花は終わりに近く満喫とまでは行かなかったが、田舎の空気が吸えて、また片道1時間ちょっとのドライブが出来て良かった。

この頃はちょっと遠くても歩くことが多く、サンデードライバーですらなくなってきていたので、良かった。初めての道でもナビがあるから不安はないが、車の運転は気が抜けないから適度な緊張感を味わえる。これも前頭葉の刺激にはなるのだろう。

途中、道の駅で地元の野菜を仕入れたり、市津湖のほとりでアウトレット跡の店舗もほとんど入っていない、人もいないガランとした巨大なショッピングセンターを発見したりと面白かった。ドライブは小さな旅。これからも意識的に時々ドライブするとしよう。

2011年5月14日 (土)

旅の刺激

連休後半の5日から、滋賀県近江八幡、比叡山延暦寺、京都伏見稲荷の3箇所を巡る2泊3日の小旅行をしてきた。

近江八幡市の落ち着いた佇まいの旧い街並み、堀端に建つ白く清楚な瓦ミュージアム、八幡山山頂から見た近江八幡市の碁盤の目の街と周辺の水田の美しさ、オオヨシキリが鳴くのどかな水郷めぐり、そして伏見の千本鳥居の鮮やかさと、心洗われる経験の連続だった。しかし今回の旅行の圧巻は、比叡山延暦寺での体験だった。

日本仏教の母山と言われる場所、最澄に始まり法然・栄西・親鸞・道元・日蓮といった著名な僧侶の多くが皆、ここで修行し新たな宗派を開いていった。信長の怒りを買って、一度はすべて焼かれてしまったと言うが、江戸時代に再建された根本中堂はじめ素晴らしい建物が広い敷地に、鬱蒼とした杉の大木に囲まれて多数建てられている。

延暦寺の会館に宿泊したが、朝6時半からのお勤めに参列することができ、お坊さんの講話も聴くことが出来、大変感激した。また早朝の霧が掛かった境内は本当に幻想的で今回の旅の中で最高のシーンだった。

お経の中で、宿泊者の家内安全も祈って頂いてとても驚いたが、さらに東日本大震災の復興や世界の平和まで祈願されたことにもっと驚いた。読経の後、お坊さんから延暦寺の歴史や教えについてお話があった。伝教大師最澄の教えの根本は、「道心こそが宝」。「個々が思いやりの心を持って一隅を照らす人になる」、すなわち一人ひとりが相手の立場に立って考え、自分の出来ることを精一杯行うことが、周りが良くなることにつながると言うこと。まずは自分のことから祈るのでも良いが、少しずつ周りの人、地域の人、日本のこと、世界のことへと思いやる気持を広げて行きなさいというのだ。まさに、ボランティアの精神ではないか。意味も分からずに聞いていたお経であったが、そんなことが書かれているのかと、改めて仏教に興味を持った。

ボランティアと言えば、延暦寺のガイドをお願いした広瀬さんとの出会いも縁なのかも知れない。57歳で食道がんの手術をし、やむを得ず会社をやめ一生懸命延暦寺の勉強をしてガイドになった。山を歩き回ることで足腰がしっかりして健康になった。年金生活で豊かではないけれど、延暦寺さんのおかげで幸せになりましたと。自分もやはり、趣味の世界だけではなく、何か人の役に立つことをしたいものだと思う。

旅は、新たな場所でいろいろな経験をすることで、前頭葉を刺激してくれる。日常の煩わしさから解放されることで、心身がともに癒される。新しい知識も得ることが出来る。ただ、いつも旅が出来るわけでもないし、ともすれば安易に流され緊張感に欠ける。人間はやはり追い込まれないと一生懸命に考えるということはしないから、自分で自分をそういうところに追い込むことが必要だ。

お薦め本

  • 鈴木亘: 「財政危機と社会保障」
  • 波頭亮: 「成熟日本への進路」
  • 中野剛志: TPP亡国論
  • 増田悦佐: 日本と世界を揺り動かす物凄いこと
  • 古賀茂明: 日本中枢の崩壊

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